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「喜助さん、本当に好きな人を前に臆病になってしまう、あなたの気持ちは分からなくもないのですが、それで気持ちのない人と結婚しても、結婚相手もあなたも麗さんも不幸になりますよ。まだ、花橘は実を結ぶまでいっていません。今なら間に合うんです。麗さんがあなたからの連絡をブロックせず、それでも応じないのは、『欲しい言葉』を待っているのではないでしょうか?」
喜助さんはハンカチを受け取り、鼻をすすりながらスマホを手にする。
『麗さん。あなたが懐中時計に託した想いを受け取れました。花橘は、まだ実を結んでいません。見合いの話を進めるのはやめようと思います。大切な話をしたいので、会ってもらえますか?』
そうメッセージを送ると、ややあって『OK』というスタンプが返ってきた。
喜助さんは、はああああ、と救われたような声を出す。
「良かったですね、喜助さん」
私が笑顔で言うと、喜助さんは、うん、とはにかむ。
「……各方面にめちゃくちゃ怒られそうだけどね」
「それでも、取り返しのつかないことになる前で良かったですよ」
そう言ったホームズさんに、そうだね、と喜助さんは頷く。
「ありがとう。重ね重ね、情けない姿ばかりお見せして……」
いえいえ、と私とホームズさんは首を振った。
それでも喜助さんは、気恥ずかしいようで、いそいそと帰り支度を始める。
「それじゃあ、もう遅いし、僕はそろそろ。本当にありがとう」
喜助さんは立ち上がって頭を下げ、帽子を深くかぶる。
そのまま背を向けた喜助さんに、「ああ、喜助さん」とホームズさんが声をかけた。
うん? と喜助さんが足を止める。
「その懐中時計が贈られたのは、いつ頃でしたでしょうか?」
ええと、と喜助さんは、記憶を確認するように上を向く。
「もしかして、京都に来る少し前でしたか?」
ああ、と喜助さんは頷いた。
「そうだ。南座公演の直前に。それがどうかした?」
いえ、とホームズさんは目を細める。
「今度、ゆっくりお越しください」
「うん、ぜひ。バタバタするから、春頃になるかもしれないけど」
「ああ、それでしたら、とっておきの和菓子を用意して待っていますので」
「とっておきの和菓子ってなんだろう、楽しみだな」
喜助さんはもう一度礼を言って、店を出て行った。
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