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円生と比べられるようなものではないけれど、ある意味、私も一緒だ。
陶芸をやりたくないと思ったのは、自分の作るものが拙いのが嫌だったからだ。
それはすなわち、怖かったから。
本当は陶芸自体は、とても楽しかったというのに――。
「ホームズさん、私、やっぱりまた陶芸をやってみようと思います」
独り言のようにつぶやくと、ホームズさんは、ええ、と微笑む。
「良かったら、今度一緒にやりましょう」
ぜひ、と私は笑顔を返した。
「ところでホームズさん。とっておきの和菓子ってなんですか?」
湯呑みを片付けていたホームズさんは、ああ、と顔を上げた。
「京都鶴屋鶴寿庵さんに『花橘』という和菓子があるんですよ。橘を模った和菓子で、こしあんが入った上品な甘さの生菓子なんです」
「それは、美味しそうです」
「ええ。喜助さんと麗さんが一緒に来てくれた時にお出しできたら良いですね」
私たちは微笑みながら、閉店の準備を再開する。
素直になれない大人の想いの裏側を感じた、甘酸っぱくて切ない夜だった。
第一章 それぞれの歩みと心の裏側
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