プロローグ

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 この事務所は、祇園のど真ん中。高瀬川沿いの風情のある小路――木屋町四条下ルに、ある。  外観は、軒を連ねる飲食店同様に純和風の町屋造りだ。  この大家は、小松の元依頼人の老夫婦だった。  大家の許可を取り、リフォームをして、外観はそのまま、内装だけ洋風に変えてある。  一階はフローリングに黒いにソファーセットとデスクを置いた事務所兼相談室であり、二階は、最新設備を整えたパソコンを揃えた調査部屋だ。  とはいえ、この二階の調査部屋は、ほとんど使っていない。わざわざ二階に行くのが面倒で、結局、一階のデスクで事を済ませてしまう。  二階にはさらにもう一つ部屋があるのだが、そこは完全に空き部屋だった。  また、小松の目下の悩みは、ここの家賃が高いということ。  祇園という土地柄、仕方ないことではある。そもそも、固定資産税が高いのだ。  一時期、『小松探偵事務所』はバブル期で、『なんとかなるだろう』と思っていたのだが、バブルが萎んでいくと、家賃の高さが深刻になってきていた。  ふとした時に、移転を考えるようになっているくらいだ。  とはいえ、すぐ移転できるわけでもない。  一時的でも、円生に間借りしてもらうのは、願ったり叶ったりかもしれない。 「あー、まぁ、そうだな。でも、お前、あの絵が売れて、えらい金が入ったんじゃなかったのか?」  円生が上海で描いた『夜の豫園』。  世界的富豪のジウ・ジーフェイ(景志飛)が、ぜひ買いたいと申し出ていたのだ。  きっと、億を超す金が円生の懐に入ったはず。羨ましい限りだ。 「いや、あれは売ってへん」  さらりと答えた円生に、小松は、うええ、と目を剥いた。 「なんでだよ?」  小松が詰め寄るも、円生は目をそらすだけで何も言わない。  代わりに清貴が答えた。 「小松さん、『夜の豫園』は、円生が葵さんを助けるために描いたものなので、葵さんに受け取ってもらいたいようなんです」  そう、真城葵は、狙われていた。  葵は清貴の恋人だが、円生の想い人でもあるようだ。  円生は、葵を救うべく、『夜の豫園』を描き上げたのだ。  まさに、渾身の作品と言っても良いだろう。
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