第二章 劇中劇の悲劇

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「価格も五万円以下と、手に取りやすいのもあるのかもしれませんね」  そう続けた彼に、私は頬を引きつらせる。  何十万、何百万、はたまた何千万という骨董品を扱っていると感覚が麻痺しがちだが、五万円のカップ&ソーサーは、一般的に決して『お手頃価格』ではない。 「一般的に『手に取りやすい金額』って、ワンコインだと思いますけど」  私は小声で囁いて、肩をすくめる。 「もちろん、分かっていますよ。古美術の世界では――の話です」 「まぁ、そうですよね」 「葵さんは、僕の金銭感覚を疑っている節がありますが、僕はこれでも節約家なんですよ?」 「えっ、そうなんですか?」 「ええ。スーパーで特売のシールが貼られていたら、それを手に取りますし、買おうと思っている物が数日後に安くなると知れば、それを待ちますし」 「ちょっと意外ですが、でも、思えばホームズさんにはそういうところもありますよね」 「安く買える物でしたら、なるべく安く手に入れたいですし、本当に欲しい物、価値を感じた物に対しては出費を惜しまないだけです」  思えばそういうところも、ホームズさんらしい。 「そういう人間なので、所有欲があまりなくて助かっていますよ」  たしかに、と私は笑う。 「ですから、僕は怖くて仕方ないです」 「何がですか?」 「もし、あなたの作ってくださった、あのマグカップが盗まれて、オークションに出されでもしたら、僕はどんな手段を使っても取り返そうとするでしょう。貯金のすべてを使ってしまったら、と」  真剣な顔でそんなことを言うホームズさんに、私はぎょっとした。 「まぁ、これは冗談ですが」  そう続けられ、私はホッと胸を撫でおろす。
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