第二章 劇中劇の悲劇

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 相笠先生の前に置いたのは、中でも最も華やかな、金彩が眩しい逸品だ。 「絢爛豪華な和洋折衷、素敵ね……」 「香蘭社の『染錦間取金彩松竹梅』です」  と、ホームズさんは説明をする。  一緒に出したお菓子は、バームクーヘンだった。  以前、ホームズさんに聞いた話だが、ドイツのお菓子であるバームクーヘンは大正時代に日本に伝わって来たということだった。『大正ロマン』の展示にピッタリだと思い、用意していたのだ。  また、チョコレートやキャラメルも同じ頃らしい。 「せっかくですから、葵さんも座って休憩しませんか?」  ホームズさんの申し出に、私は失礼します、と遠慮がちに相笠先生の隣に座る。  相笠先生は、どうも、とカップを口に運び、目を細めた。 「相変わらず、ここのコーヒー、美味しいわ。素敵なカップだから余計に」  ありがとうございます、とホームズさんは笑みを返す。  私もコーヒーを一口飲んでから、彼女の横顔に目を向けた。 「それで相笠先生、ホームズさんにお願いがあったんですか?」  私が問うと、彼女は「そうなの」とカウンターの上で手を組み合わせる。 「あの事件の後、私は『事実を基にした作品』を書くのに向いていると思ったの」  私とホームズさんは、そういえば、と頷く。  さっき話していた歴史ファンタジーしかり、今の彼女は実際にあった事柄や事件をモチーフに作品を書いている。  大きく脚色もしているため、史実とはまた別の印象になるのが、魅力でもあった。 「何より私、実在の人物をモデルにした方が、書きやすいことにも気が付いたの。それで今、新作を書いているんだけど……」  そこまで言って彼女は、しっかりとホームズさんの目を見詰める。 「清貴さん、あなたをモデルにした作品を書かせてもらいたいの」  えっ、とホームズさんは目を瞬かせた。
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