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「気持ちは分かるけど……」
いや、本当には気持ちなんて分からない。自分なら一寸の迷いもなく売るだろう。
「ちゃう、そんなんやない!」
と、円生はムキになったように、声を上げた。
「おや、そうだったんですか? 僕はてっきり葵さんに渡したいのかと……」
「あれはその……ひとまず『蔵』で預かってほしいんや」
見抜かれてばつが悪いのか、円生の語尾がどんどん小さくなっていく。
円生が描いた絵は、まだ上海のホテルに飾られていた。
展示会が終わったら、戻って来るのだろう。
清貴は、分かりました、と頷く。
「とりあえず、葵さんには見てもらいたいわけですね?」
「ほんま、うっさい。そんなんちゃうし。ほんなら、俺は荷物取りに行って来るわ」
と、円生は逃げるように、事務所を出て行った。
その姿がなくなり、清貴と小松は顔を見合わせて、微かに肩を震わせる。
「……あんちゃんは、円生があんなふうに嬢ちゃんを想ってることに対して、不安になったりしないのか?」
自分なら、清貴のように振る舞えない。
よほど、自信があるのだろうか?
「なりますよ」
あっさり答えた清貴に、小松は「えっ」と視線を合わせた。
清貴は、可笑しそうに口角を上げている。
「葵さんに関しては、円生のことだけではなく、すべてに於いて不安なんです。嫌われてしまうではないか、飽きられてしまうのではないか、心変わりされるのではないか。不安ばかりなので、最早、それが当たり前――スタンダードな状態なんですよ」
はぁ、と小松は、間の抜けた相槌をうつ。
こういう話を聞くたびに、葵はそれほど魅力的だろうか? と首を傾げてしまう。
だが、清貴も円生も特殊な人間だ。
そういう者に好かれる何かを持っているのかもしれない。
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