序 章

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「あそこの当主、家出したって話だったろ?」 「そのようですね」  大富豪である花屋敷家の当主・義春は、数か月前に『同窓生とともに還暦を祝う会に出席する』と言ったまま、帰宅することなく、そのまま行方が分からなくなっていた。  妻の華子は当初、夫が誘拐されたと騒ぎ立てていたが、身代金を要求してくる者もなく、警察は事件性はないと踏んでいた。  というのも、義春は、『不遇の当主』として知られていたためだ。  華子は、花屋敷家の財産のすべてを受け継いだ一人娘で、縁あって義春と出会い、彼は入り婿となった。  二人は、子どもを三人授かり、今や皆、成人している。  長男は家督を継いで事業を大きくした実業家、  長女はバイオリニスト、  次女はオペラ歌手と、  眩いほどに華やかな三兄妹であり、『華麗なる花屋敷家』と呼ばれていた。  しかし、これは揶揄でもある。  世間は、光の裏にある影を見過ごさなかった。  華子は甘やかされて育ったせいか、横暴で傲慢だった。  その気の強さが災いして、一度、結婚に失敗している。  前夫との間には、女児を儲けていた。  その女児は、つまり三兄妹の異父姉になるのだが、すでに成人していた。  だが、表には出てきていない。彼女は幼い頃に大病を患い、目が見えず、耳が聞こえず、話すこともできなくなってしまっていた。
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