序 章

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「兄貴たち警察の間では、自殺か他殺かで大騒ぎだったって。自殺だとしたら、あの華麗なる家に嫌気がさしたってことだし、他殺だとしたら、家出した夫を許せなかった華子がヒットマンを雇って殺害を依頼したとか」  秋人は指で拳銃の形を作りながら、嬉々として清貴の方を向いた。 「ホームズはどう思う?」 「どうでも良いですね」 「って、なんだよ、兄貴に頼まれたら、協力するのによ」  秋人は面白くなさそうに、口を尖らせる。 「僕は商人ですからね。警察に恩を売っておいて損はないと思っているんですよ。基本的に人様の噂話にさほど興味はありません。そんなことに首を突っ込んでいる時間があるなら、読書を愉しみたいですね」 「あーそうかい。相変わらず、高尚ですこと。そんなこと言ってても、また兄貴から『協力してくれぇ』って電話が入るんじゃねぇの?」 「その時はもちろん、協力させていただきますよ」 「なんだよ」  ちぇっ、と秋人は舌打ちする。  花屋敷義春が所有していたタバコケースが埠頭で発見されたのは、それから数日が経った頃だ。ケースの中には、遺書が入っていた。 『もう人生に疲れた私は、広い海で死ぬことを選びました。花屋敷義春』  そんなわけで、花屋敷義春の死は、自死と決定づけられた。  華麗なる一族と謳われる大富豪の当主の自殺は世間の注目を集め、連日、噂でもちきりだった。  話題性はあれど、事件性はないと思われていた今回の出来事だったが、ここから恐ろしい事件が幕を開けることになるなど、この時は誰も気付いていなかった。
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