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車は堀川通まで来て、北上した。
自家用車など誰もが所有できるものではなく、道路に車の数は少ない。
そのため、行き交う車は、高級車ばかりだ。
清貴と秋人が乗っている車が走る横で、路面電車――市電も並走していた。
市電の乗客たちは窓に張り付くようにして、こちらを見ている。
「おお、ホームズ、みんなこっちを見てるぞ。高級車すげぇ」
この車、トヨダAA型乗用車は去年――昭和十一年に発売されたばかり。家頭家はいち早く入手していた。
見惚れるような艶やかな黒いボディは、クラシックで堅実なデザイン。
前車軸上に置かれた直列六気筒エンジンで、トルクチューブとプロペラシャフトを介して後輪を駆動する。
「お前ん家が、この話題の車を買ったって聞いた時は、たまげたよ。さっすが家頭家だよなぁ」
「祖父がこういうものに目がないんですよ」
「『華麗なる花屋敷家』ならぬ、『華麗なる家頭家』だな」
そう言った秋人に、清貴は、ふっ、と頬を緩ませる。
「なんだよ、その笑いは」
「いえ、あなたは、花屋敷邸を見たことがありますか?」
「遠目にチラッとな。ちゃんとは見てないよ。お前ん家よりも立派なの?」
「うちと比べるのが申し訳ないほどに立派ですよ」
「またまた、そんな。どっこいどっこいだろ。そういうのを『ドングリの背比べ』って言うんだろ?」
「その譬えは、少し違いますけど……」
「あー、そんじゃ、『目くそ鼻くそを笑う』か?」
「……無理に慣用句を使わなくていいですよ」
「え、なんで?」
きょとんとする秋人に、冷ややかな視線を向けている清貴。
運転手は、そんな二人の様子をミラー越しに確認し、肩を小刻みに震わせていた。
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