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そう、花屋敷家の名ばかりの当主・義春は二か月前、大阪港で遺体となって発見されたのだ。彼の所持品であるタバコケースから、遺書が発見されており、自殺で間違いないだろうというのが、現時点の警察の見解だ。
「ところで、冬樹さん。亡くなった当主は、どのような足取りで海へ?」
そう問うた清貴に、ええと、と洩らして、冬樹はポケットから手帳を出して、開いた。
「義春氏の足取りだが……彼は行方不明になる直前、同窓生とともに『還暦を祝う会』、つまりは同窓会だな、それに出席している。
だが、その後、家には帰らず、神戸まで行って旅館に一泊した。その旅館で、便箋一枚とペンを求めたそうで、おそらくそこで遺書を書いたのだろう。彼はそのまま花屋敷家が所有する商船に乗った。
しかし名前を偽り、当主であることを隠し、花屋敷義春の知り合いと伝え、金を払って乗っている。船員は彼の言葉を信じ、まさか、当人――花屋敷家の当主だとは、思いもしなかったそうだ」
彼の影の薄さが窺えますね、と清貴はつぶやく。
「船は、神戸から大阪へと向かっていて、義春氏はその途中、海に身を投じた。船員はいつの間にかいなくなっていた花屋敷義春の知り合いを、気にも留めなかったとか」
「そうして、大阪港で発見されたわけですね」
「そうだな。享年六十歳。結婚後は、自室の研究室に籠って、存在感を失っていたが、元々は優秀な化学者で、若い頃は随分と外見も良かったらしい。だからこそ華子夫人に見初められたという話だが……」
ふむ、と清貴は頷く。
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