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      *  ――一週間前。  冬樹たち警察官が、花屋敷家の食堂を訪れると、老婦人・華子はさめざめとしながら、椅子に座ったままの娘・百合子を抱き締めていた。 『ああ、百合子。なんて可哀相に』  床にはミルクティーが零れ、割れたカップの破片が散らばり、大きなドブネズミがあおむけに倒れているという、なんとも奇妙な光景だ。  母に抱き締められている百合子は、ぼんやりとうつろな目を見せている。三十六歳という話だが、とてもそうは見えない若々しさの美しい女性だ。  あまり外に出ていないためか、肌の色がとても白く、髪もとても長い。その長い髪は、後ろに一つに綺麗に編み込まれていた。  食堂には、途方に暮れたように立ち尽くしている使用人と、イライラした様子の長男・菊男の姿があった。 『母さんは、百合子、百合子って。菊正の心配もしてくれてもいいんじゃないか? 可愛い孫だろう?』  長男の菊男は、堪えきれないように、舌打ちした。  それは、とても小さな囁きだったが、老婦人の耳にしっかり届いたようだ。  華子は百合子の杖をむんずと持って立ち上がり、菊男に向かって容赦なく振り下ろした。 『菊男、あんたは! 百合子が可哀相だと思わないのかい? 信じられない子だね!』  そう言って華子は、菊男の肩や背中を杖で叩きつける。 『痛いっ』  老人の力だ。大の男の体がどうこうなるほどではないだろうが、かなりの痛みは伴うだろう。
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