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「では、どうして、その使用人は百合子さんが、午後三時五分を過ぎた頃に食堂に訪れたのを知ったのでしょうか?」  それがだ、と冬樹は手帳を持つ手に力を込める。 「やんちゃな菊正お坊ちゃまが、大きな足音を立てて声を上げながら食堂にやってきたそうだ。使用人とコックはその声を聞いて、水場を離れて食堂を覗いたらしい。  その時、百合子さんは食堂の入口にいて、菊正坊は、既にティーカップを持っていたとか」  秋人が、なるほどねぇ、と頭の後ろで手を組む。 「――で、やんちゃな坊ちゃまは、間違って毒入りミルクティーを飲んでしまったというわけだ。そして、意図せず命を狙われていた百合子さんは助かった。やんちゃも役に立つじゃん」 「危うく、代わりに死ぬところだったけどな」  ぴしゃりと言った冬樹に、秋人は肩をすくめる。 「で、家族の言い分は?」 「長女の薔子さんは、自室でバイオリンを弾いていたそうだ。この音は他の家族や使用人も聴いている。  次女の蘭子さんは前日にリサイタルがあり、その後のパーティで深酒をしたため、二日酔いで寝込んでいたらしい。  長男の菊男さんは、外のテラスで煙草を吸っていた。だが、この姿を誰も見ていない。  菊男の妻の正子さんは、二階で息子たちの勉強を見ていたそうだ。長男の菊正はとにかく集中力が散漫で、勉強ができないのが悩みらしい。だが、菊正は部屋から逃げ出したので、菊次郎にひらがなの練習をさせていたとか。これも誰も証明はできない」 「華子夫人は?」 「部屋で昼寝をしていて、午後三時の柱時計の音で目を覚ましたので、百合子さんと一緒にお茶を飲もうと食堂に向かっていたという話だ」  なるほど、と清貴は腕を組み、その横で、「いやいや」と秋人が身を乗り出した。
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