愛に縛られ、愛に溺れる

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 何度も流れそうになる時計への視線を堪え、水瀬(みずせ) 理玖(りく)は隣で項垂れる男を見た。  青ざめた表情の柏原は目に見えて怯えている。水瀬が励ますように声をかけても、返ってくる言葉は「すみませんでした」ばかりだった。  夜のオフィスに人気はなく、二人だけでの広い空間は余計に空気が重く感じられてしまう。 「そろそろ課長が戻ってくると思う。しっかり謝罪して、改善する意思を見せれば大丈夫だから」  そう口にする水瀬もまた、内心は不安を覚えていた。  自分とは全く関係のない後輩のミスを間に入って取り繕う。そのことをどう思われるのか。消沈していた後輩を見かねて付き合っているものの、火に油を注ぐことに成りかねないのではないのか。  それでも一度乗りかかった船を今さら下りるわけにはいかず、水瀬は一緒に上司の帰りを待ち続けていた。  大手飲料メーカーの営業である水瀬は、入社して五年目になる。  飲料業界は競争が激しいため、厳しいことも多いが、自分の携わった商品が店舗に並ぶのは楽しくやりがいもあった。  それに加えて後輩もどんどん増えていく。特に水瀬は困っている後輩を見ると、どうしても手を差し伸べてしまう癖があった。  今回も柏原が担当する営業先の発注数と工場に対する受注数に齟齬があったと聞いて、水瀬は気にかけていたのだ。  確認ミスという合ってはならないことをしでかし、その対応に追われて各所が対応に回っているとのことだった。柏原ももちろん工場に頭を下げに行っていた。だが、原料の不足によって対応が出来ない。加えてコラボ商品という、期待値も高い商品だった。そこで営業先に直接、上司が足を向けて謝罪と今後の納品スケジュールを立て直すということにまで至ってしまっていた。 「すみません……僕のせいで……」 「別にいいよ。気にしないで」  何度もしたやり取りに、少しだけ疲弊するも水瀬は顔には出さずに笑みを作る。
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