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■梓視点
── 変な奴。
俺はそう思いながら、左斜め前で授業を真剣に聞いている鈴離ちゃんの後ろ姿を見つめた。
別に兄貴と比べられることなんて今に始まったことじゃない。だからメガネくんに憐の弟ですからって言われた時も、気に触ったけどすぐ笑顔を作れた。
ちょっとした興味本位で、鈴離ちゃんに俺より兄貴の方がいいのかと聞いてしまった。聞かなくても分かってるのに。どうせ皆兄貴の方に行ってしまう。
だけど、返ってきた言葉は俺の予想とは全然違った。
最初は嘘だと思った。俺にも兄貴にもいい顔をしているんだろうと。でも出会って数日、本人の目をハッキリと見て嘘が付けるほど鈴離ちゃんが器用な人間じゃない事はなんとなくだけど感じ取れていた。
綺麗な顔をしてるのに男に慣れてなくてチヤホヤされるとビクビクして、だけど自分の意見はハッキリ伝えてくる。今まで周りにいなかったタイプだ。
『憐さんは憐さんだし、梓は梓だろ』
鈴離ちゃんの言葉を頭の中で反復させると、さっきまでのイライラが全部消えたような気がした。
俺は風見財閥の次男に生まれ、生まれた瞬間に俺の人生は決まっていた。
俺がいくら頑張ったって兄貴には勝てない。そう感じたのはいつ頃だっただろうか。生まれた瞬間から決まってるんだ。俺が頑張っても風見財閥の跡取りは風見憐なのだ。
頑張っても頑張っても褒められ、認められるのは兄貴ばかりで俺はいつからか全力で頑張ることを諦めた。適当に流されて流されてそれでいいと思った。
ニコニコして近付いて来るやつは皆俺の顔か金か、俺を使って兄貴に近づくことが目当てで人を信用する事も諦めて。
俺が何をしたって周りから見た俺は風見財閥の次男で、それが嫌で嫌でたまらなかった。
親に無理矢理兄貴と同じ学校に入学させられてからも、周りからは常に「風見憐の弟」という視線を浴びせ続けられて。
そんな時に鈴離ちゃんが編入してきた訳だ。
最初見た時はへぇ、いいじゃんくらいの感想。
顔も可愛いし体も細いし。
俺は別にホモじゃないけど、男子校だし女とヤる手段もここじゃないし入学してから女みたいな顔をした奴らを適当に抱いていた。
あ、言っとくけど無理矢理じゃないから。あっちから勝手にベタベタ抱いてくれって言ってくるんだよ。
そのうち分かったことがある。
可愛い顔をした男は皆ワガママで媚びていて自分が一番可愛いと思ってる。周りからチヤホヤされるのに慣れきっているから男なのに可愛いと言われることに疑問すら抱かない。
結局彼らはどれもこれも同じに見えて、飽きていたところだった。
だから鈴離ちゃんでちょっと遊べたらなって思ってた。何より兄貴のお気に入りと言うのが気に食わない。
確かに兄貴はお人好しで鈍感だから誰これ差別したりしないで平等に接するけど、こんなに気にかけているのなんて初めて見た。
でも、あんなことを言われて。
もしかして鈴離ちゃんなら家のことも兄貴の事も全部とっぱらってありのままの俺を見てくれるんじゃないかと、微かに期待した。
──…だが、俺は首を軽く振った。
……やめよう。
俺がもし本気になって、その時鈴離ちゃんが俺じゃなくて兄貴を選んだら…。
俺は鈴離ちゃんに感じた期待にそっと蓋をした。
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