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理事長の言う事が耳から通り抜けていくような感覚がする。
俺は両親を亡くしてから、ずっと海斗の家族にお世話になってきた。それなのに俺のせいで海斗の将来を狭めていた可能性があったなんて…。
だが海斗は俺の事となると妙に頑固な奴だ。きっと両親が言っても聞かないだろう。
そこまで考えて、自分の置かれている状況がようやく飲み込めてくる。
考えても考えてもまるで世界の違う白百合練の事なんて俺には想像もつかない。だが、俺が断れば海斗は白百合練には移らないだろう。そして何よりも、更に海斗の両親に迷惑がかかる。
「…分かりました」
咄嗟に口から肯定の言葉を吐き出すと、理事長がホッとしたように口元を緩めた。風見さんは心配そうに俺を見る。
「勿論突然白百合練に編入する事になるのだから、こちらもサポートは怠らないつもりだよ。だからこそ生徒会長の風見くんには桜舞くんの事を気にかけて欲しいんだ」
「…理事長。それは構いませんが最初から桜舞を白百合練に入れる気満々だったでしょう…。今朝届いていたメールの中に桜舞の名前があったのを思い出しましたよ」
半ば呆れたように風見さんがため息をつく。
あぁ、だから俺の名前を聞いた時に何か引っかかったような顔をしていたのか。
「まぁ、桜舞くんが入ってくれて助かったよ。鳴宮くんは勿論だが、桜舞くんも成績優秀だからね。
早速なんだが、明日明後日丁度土日だろう?その間に業者に頼んで荷物の運搬を済ませてしまおうか。善は急げと言うからね」
そう言って切り上げようとした理事長を、心配そうな顔をした風見さんが制止する。
「寮の事なのですが、私の隣の部屋が空いていたはずです。そこに桜舞を、是非」
「えっ?」
「俺の隣の部屋なら何かあってもすぐに駆けつけられるし相談事もしやすいだろう。鳴宮と同じ寮で2人部屋に出来るよう、調整もおこなおう」
…風見さん!さっきぶつかって出会ったばかりなのに、どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう。本日何度目かは分からないが風見さんが女神に見える。
見た目は顔が整っていて背が高くてクールな印象なのに、こんなに優しいなんてきっとモテモテに違いない。俺が女だったらこんな性格も見た目もかっこいい人放って置くわけが無いもんな。
「ああ、構わないよ。寮の調整は風見くんに任せよう。よろしく頼んだよ」
理事長は忙しいようでそう言うと俺たちを部屋の外に案内してそそくさと書類仕事に戻ってしまった。
色々不安はあるが、優しい風見さんとも出会えたし何より海斗が着いてくるしそこまで心配しなくてもどうにかなるかも。
風見さんは親切で、その後玄関まで俺を案内してくれる。
「じゃあまた来週な。…あ、いや土日に引っ越してくるなら俺が寮を案内しよう。あまり不安がらなくていいぞ」
風見さんはそう言って微笑むと俺の頭を優しく撫でた。
「うう、なんでそんなに優しいんですか…今日ぶつかったのが風見さんでほんとによかったです……!!」
「ふ、なんだよそれ。変なやつだな」
なんてかっこいい人なんだと、俺は目を潤ませた。こんな素晴らしい人が生徒会長な生徒会、きっといい所なんだろうな。
俺はそう思いながら風見さんと別れ、桜練に向かった────。
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