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第4話 パパのもじゃもじゃ
「寒いのじゃ」
私は、素敵なものに魅了された。
「寒いのじゃも。あたたまりたいも」
「ひかる。どうしてパパの足をさすっているのかな」
今日もしっとりとしたお天気だ。
学校へ行く前に何か寂しい。
居間の座椅子に座る佐祐殿がテレビをながめていた。
こんなチャンスはないと必ず右側に座る。
おみ足も恋しくてたまらない。
ふくらはぎが、子持ちししゃもで特に美味だ。
しかも、素敵な髭僧殿にうっとりする。
「父君のもじゃもじゃが好きなのじゃも」
佐祐殿は、大切な話をするときにテレビを先ず消す。
足をさり気なく正座にして、膝下まであるハーフパンツで隠す。
もちろん、もじゃもじゃを。
佐祐無双されるが始まったようだ。
シーナが小さく鳴いた。
「いいですか、ひかる。特に知らない人の体毛は触ってはいけませんよ」
「もじゃもじゃは体毛なのじゃもじゃもじゃ?」
キュウーン。
シーナが何かを心配してくれているようだ。
さっきお散歩に行ったばかりだから、私と同じで寒いのかもしれない。
佐祐殿は、私の頭をわしわしと撫でて、一つため息をつく。
頭もほかほか、お顔も近いです。
はうーん。
「すまない。髪は梳かすからな」
佐祐無双されるのは、こうして朝から続くのか。
はうーん。
もしゃもしゃにされても、綺麗に整えてくれる所、甘やかしではないだろうか。
最後はつげの櫛で、私のストレートヘアを煌めかせてくれた。
「帰り道も気を付けて。行ってらっしゃい」
「あう! 今日は、高泉部長に美術室の整理を頼まれているのじゃ。土曜日だけれども帰りが遅くなるのじゃも。すまないですのじゃ」
自転車に乗る所で、佐祐殿が丁寧にも送り出してくれる。
何かと親切なのが、佐祐無双される度にほかほかになるのだろう。
行ってまいりますのご挨拶の前に、佐祐殿の顔色が変わった。
「気を付けて帰るのじゃも。大丈夫じゃ」
「高泉部長? 美術部の部長さんは変わったのですね」
いつもは、しばしの別れを惜しむ佐祐殿だが、矢文が飛んできた。
「うん、高泉悠真殿とおっしゃる」
「男子学生ですか?」
部長とは、ちょっとだけ複雑な気持ちになった。
けれども、佐祐無双されるのに比べたら、ミケランジェロに『最後の審判』で地獄に落とされる。
ただの先輩だろう。
「三年C組でもクラス委員をなさっておる」
「ほう、しっかりした方なのかな? その男子学生はカッコいいですか?」
カッコいいとは、例のものじゃな。
あたたかくって、素敵なアレ。
「父君のようなもじゃもじゃはないの」
「いつ、もじゃもじゃを確認したのかな」
佐祐無双されはじめた。
近い。
瞳が近いだけで、むふーんと行ってしまいそう。
「絵を描くときに、ワイシャツをまくって、作業着を羽織っておるのじゃも」
「腕か……」
佐祐殿が膝に手を置いた。
「父君、顔色が悪いのじゃ。心配じゃも。早く帰ってくるのじゃもん」
キュウーン。
クンクンクン。
「ああ、シーナ! もうお水がないのじゃも。さっき、取り換え忘れて、ごめんなさいなのじゃ」
「ああ、すまない。パパも気が付かなかったな」
しまったと言う顔をして、パパは後ろ頭を掻いた。
「お水があると、わんこフレッシュを沢山食べられるのじゃもん。少しふやかすので、待って欲しいのじゃ」
「時間があっても、事故に遭ってはいけない。パパにシーナを任せて欲しい」
佐祐殿は本当に優しい。
私の身の安全をはかってくれる。
「ありがとうなのじゃ……。父君、シーナ、行ってまいります」
キャン。
「それから、今度新しい部長を喫茶ママンに連れておいで」
「ん?」
父君の声に後ろ髪を引かれ、坂道の露を弾いて降りて行く。
私の心がもじゃもじゃとする。
美縁殿も遠方だからと、うちには遊びに来ないのに。
「高泉部長を――?」
◇◇◇
授業が終わるまでがあっと言う間だった。
帰りのホームルームをして、お掃除ぴかりん。
鞄の支度をする。
一年C組の西にある窓を、ぼうっとながめていた。
少しの晴れ間から、高泉部長の顔を雲がかたどる
おー。
リンゴにキリンさんもいるんだ。
部長もブドウとかと並べて考えてはいけない。
さて、私だけが呼ばれた美術室の整理だ。
「はふはふ。行くのじゃもん」
一階にある美術室にノックをしても声がしなかった。
「失礼いたします」
そろそろと入ろうとするが、何と言うことか。
「――え?」
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