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ある日、ラドクリフさんと郊外の平原を歩いて茂みの向こうに木々に埋もれた家屋を見つけた。レーナさんと会った丘を越えてきたから、自然とレーナさんのことを思い出した。もしかしたら彼女の家かも知れない。けれど突然こそこそうかがっていくのも趣味が悪いような。
ちょっと考えて、私はラドクリフさんに問うた。
「あの茂みの向こう、あの辺りまで行ってみたいのですけれど」
ラドクリフさんは難しい顔をする。
「お嬢さま、あの地域は近来、治安が悪化しております。あのように小さな森になりつつあり、盗賊どもの隠れ家とも噂されています」
「家屋があるようだけど?」
ちょっと驚いて、彼は遠目に茂みの向こうを見やる。
「……本当だ。作りからして普通の民家だが……」
「ラドクリフさん、もし、治安が悪くなっていて、あそこに孤立している民間人がいるなら、私の家の手落ちです。私は足手まといでしょうから今日はやめますけれど、どうにかできないでしょうか?」
「ええ、噂もありますし、閣下も兵を出すこと、許可なさるでしょう。報告しておきます。それにしても……気弱で周囲まで目を向けて来られなかったルアンナさまが、領内政治の模範を示されるとは」
いかにも感心した様子のラドクリフさんに、私は冷や汗をかいてしまう。
「いえ、ただ目がいいだけで、ちょっと思ったことを言ったまでです。模範的でも、教えてやろうなどとも、思っていませんよ」
ラドクリフさんは、そのようなご謙遜も、と言っただけだった。とんでもないことでいじめははじまってしまう、どんな世代においても。私はただその実感があっただけだった。あの木々に埋もれた家の人々が、不安に怯えて生活していなければいいな、そう思っただけのことで、領内政治など恐れ多いことで。
でも、そうであるならば。私は身内の負担を増やすであろうことを分かって、私を正面に見るラドクリフさんに付け加えた。
「よろしければ、あの辺りのご家庭が望むならですけれど。ご面倒ですが木々を払ってやってくれませんか? もしかしたらご家族がなんらかの病などで身動きできなくなっているような事情があるかも知れませんから」
お願いする私の脳裏に、悲しく話すレーナさんの姿があった。
後日、小さな森は払われた。森は小さな茂みを残し、道が通って望んだ家の他にもう二件、赤い屋根の家が見えるようになった。噂は噂で盗賊団など存在はしなかったようだったけれど、凶暴な野生動物が住み着きはじめていたようで、結果的に良かった。
「家の主人が精神を病んでいるようで、女手では木々をどうにかできないようでした。盗賊団の一味だと近隣に噂されていたようで、泣いて喜ばれましたよ」
報告を受けるお父さまがうれしそうにうなずいている。
「それと」
兵団長がニヤッとした。
「お申し付けの通り、お嬢さまのご命令だと伝えておきました」
「お、お父さま……え、っと、いえ、それは僭越ですので!」
「なにを言うんだい、ルアンナ。その通りで、私も必要だと思ったから許可を出したんじゃないか」
お父さまは朗らかに笑っている。こうなっては仕方ない、私に責任があることになったのだから、現地に行って下さった方にはちゃんと言っておかねば。
「どうも、ご面倒なことを押しつけてすみませんでした」
口の左側を持ち上げて笑っていた兵団長がびっくりして慌てて私に頭を下げ返す。
「いえ、滅相もない! ご命令とあれば喜んでやったまでのことです。コレで食っておりますから。こんな危険度の低い仕事であれば家族だって喜んで送り出しますよ」
「そうだよ、ルアンナ。戦いになれば死を覚悟して送り出さなければいけないんだ。真っ当な仕事じゃないか」
しかし、噂と違っていいお嬢さまじゃないか。そううそぶく兵団長たちが出ていく中、付随したラドクリフさんが寄ってきて、
「あのお宅、以前丘でお会いしたお嬢さんの家でしたよ」
そう耳打ちした。彼女の悲しそうな顔が空の見えた家に差す光でとろける様子が思い浮かぶ。そう簡単ではないけれど、そこに近づけていればうれしい。
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