いじめられっ子だった私は悪役令嬢となってさえ、貫き通さねばならないのです!

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 貧しかったかつての家で教育目的の話題なんて滅多に出なかった。けれども他国で戦争があるたび日本でもたびたびあった過去の戦いの話を母から聞かされた。お母さんは女だったから当時でさえ戦地に身を置く立場としての考えはなかったけれど、お母さんの親の、あるいはその親の体験や伝え聞いてきたことから忌避すべきものとして内地の苦しみを思い描いていたのだった。  けれども私はどうだろう。その血を引いて、話を聞いて、それを我がこととして、身の回りのものとして捉えていただろうか。世界をまたいでいま、レーナさんの話を聞いて呆然とするのだった。戦いに家族を送り出す心細さ、自らの益になるかも分からぬまま異土を踏み荒らす悲しみ、国家のために傷を負って後ろ指指される苦しみ……。知識はあってもどうしても身体に響いてこない。愚者は経験に、賢者は歴史に……あちらでもこちらでも、世界をまたいでさえ同じような教えはあった。けれども歴史を我がこととして捉えるにはある程度身とするための体験が必要なんだ。  私の苦しみは確かに私のものとしてあったのに、それが大変に些末なことのように思えた。だって、殺し合いをして来いって、それで危うく死にかけてなんとか生き残ったあとの人生が家族を巻き込む苦しみしかないなんて。  私は想像のつかない苦痛を考えて涙が止まらなかった。なんでこんなにも苦しそうなのに、私の身体には全然響いてこないんだろう。なんで? 「ルアンナさん、そんな、あなたが泣くことじゃないです……」  そう言われたって私は生まれ変わって、もしかしたらワガママでこの人をさえいずれ殺し合いに参加させることだってできてしまうかも知れない。自分の立場を考えたらこんなに実感のないままでいいはずないんだ。  前を向いて歯を食いしばったまま涙をこぼす私に、レーナさんはふっと笑った。 「ルアンナさんはおやさしいのね」 「違う、違うの! ごめんなさい、そんなじゃないの。ごめんなさい……」  謝って、でも罪の告白はできなかった。レーナさんは泣き止むまでそばで立っていてくれた。 「レーナさん……私も、解放されはしなかったのだけれどね」  切れた涙を指ですくい取ったところにハンカチを差し出してくれたレーナさんへ、私は後ろめたさを吐き切るように声を出した。 「戦わなければ、いじめてやろうってひとはつけ込んでくるわ。ええ、最初はひとりかも知れない。でも、同じ境遇の方はきっとどこかにいて、そしてひとはずっと愚かでなくなるために歴史を紡いできたんですもの。そうして戦っているうちに、自分はそういう立場でなくても、想像力であなたの味方として立ってくれる人は出てくるわ」 「そうでしょうか……」  力なくおへその辺りまで下げて不安げに指を交差させる彼女の手を自分の両の手で抱え込んで私は胸に当てた。 「誰がやらなかったとしても、まず私がレーナさんの前に立ちます。……お約束します」  レーナさんは私の顔を見て、ちょっと顔を引きつらせた。ぱっと下を向いて下がったあと、鼻をすする。やがて顔を上げて、「……また、会えるかしら」と言った。  丘を下ってゆく彼女の背を見ながら私は、私がお父さんとお父さまの子であるには、もっと彼らのこと、彼らの知識と考えを知らなければと思った。やさしさを体現するには地位だけでは全然足りない。私がやらねばならないこととして目の前に積み上がっている。
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