いじめられっ子だった私は悪役令嬢となってさえ、貫き通さねばならないのです!

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「最近、ルアンナさまが頑張っていらっしゃると、公爵閣下もおっしゃっていましたわ」  やはり先生はお父さまが選んだ方で、穏やかな雰囲気だけではなく大変博識で知識欲も強かった。先生となって数名の生徒を持ついまでも学習は常としているらしい。  そんな先生がちょっと心配そうに私の表情をうかがっている。 「疲れていらっしゃいませんか? どちらかというと、そうね、こころが」  私はちょっと首を傾けて口角を上げて見せた。 「いいえ? 先生、ご心配なさらないで。私は最近、お父さまや護衛の方たちと外に出られるようになって、それも回復と言えるのかも知れませんが、それだけでなく見聞きすることが増えて意識も新たになってきたんです」 「と言うと?」 「歩いていると困りごとを抱えた方にお目にかかったり、丘の上から寂れた平原が見えたり。そして常に守られて歩いている私がいかに恵まれた地位にいて、つまり責任も共に存在することが分かってきたんです」  問うた先生にはっきり答える。 「そうですか」 「やるべきことと目標が見えてきたら、力がわいてきました」  念を押して後ろ向きなことではないことを加えると、先生はようやく相好を崩した。私も自然、ほほを緩める。 「実は私も頑張っていらっしゃるとは思っていたのですけど……公爵閣下がね、心配なさっていたんです。しばらく家に籠もっていたのを外に目を向けさせたようなことがあって、それでルアンナさまがどんどん意欲的になったものだから。そうね、閣下のおやさしさもあるけれど、確かに、急激な変化は精神的な負荷もありますから」  ちょっと外に視線を外してお話ししていた先生がまた私の顔へ目を戻して、笑みをやわらかくした。 「でも、ルアンナさまのお顔からすれば、おっしゃっているのは本当のことのようですね」  レーナさんに会って以来、私は市井の様子をはっきりと目に焼き付けながら歩いた。ときにラドクリフさんと、お父さまと歩くときは人の多いところだってあらゆるところに行けた。ときに繁華街の裏通りを護衛を連れてお父さまと歩いたときは奇異の目で見られたこともある。そりゃ確かに公爵さまとそのお嬢さまが柄の悪いばくち打ちや酒瓶を下げて座り込む人がたむろする場所に、わざわざ好んで入り込みはしないだろう。ルアンナになる前のただの貧乏な民間人だった私とて、昼間だってそんな場所は歩かなかった。お父さまとの外出に腕利きを数名所望した私を不思議がって、お父さまは笑ったものだけれど、街を歩いて裏通りを指さしてみせるとどうにか説得しようとしたものだ。ルアンナは昔から強情だっただろうか。そういう場所もこの町には存在するのでしょ、そう言うと、お父さまは私と見つめ合って、そうして護衛に周りを固めさせたのだった。  政治・経済の問題の他に権利意識の高揚が見られるわが国で、私はどこに関わるべきかは分からなかった。分からない限りどこに重点を置くでもなくすべて見て回りはしたけれど、レーナさんの言っていたことは常に頭の隅に置いていた。動物である人間が蔑視感情をすべて捨て去るなど出来ないだろうけれど、それでも人間は社会を構築することで生存を図ったのであって、差別される人間の存在しないことは安定と存続に繋がるだろうとなんとなくは考えていた。そして力がもともとあるからこそ、難を排せる分野だとも。  それにしても。 「先生、先生からご覧になって、お父さまは私に遠慮なさってるかしら」  お父さまが私に直接お聞きにならなかったのは、お父さまに余計な負担を強いているからなのかも知れない。 「私が心配ごとを増やしているから……」  先生は姿勢を正して微笑む。 「親となれば子どもの心配はどんなことだってするものですわ。ルアンナさまが閣下に強いている心配ごとは、親としてはうれしい、それこそ誇るべきことでもあるのですよ」  そんなものだろうか。私を安心させるための方便のような気もしたけれど、自信を見せて私をまっすぐ捉える先生の顔に、疑問を投げかけることをやめさせられた。 「それにね」  それからおかしそうに笑って先生は私の耳に顔を寄せた。 「公爵閣下はルアンナさまがすごく色っぽくなられたとお困りでしたよ」  色っぽい? ちょっと考えて、私は顔が熱くなった。色気なんてまだ十五そこそこの私が男の人を引っかけるなんて、なにも知りはしないのになにを。そう思ってちょっぴり、西洋人みたいな見かけだし、あちらの人は早いのかしら、そんな風に思考が飛んでいった。  気づけば先生がお腹を押さえて笑っている。 「ルアンナさま、本当に表情まで強くなってこられたのに、純粋なんですね」 「いや、だって、色気があって、寄ってくるのは男の人ばかりじゃないですか」 「それでいいじゃない、イヤなんです?」  やっぱり先生はおかしそうだった。ちょっとしゃくに障る。でも、そうなのだ。私はずっと笑いものだったから、男の人だって近寄れば恐ろしいだけだった。女の人もそう。付き合い方を考えて来なかったわけだけれど、公爵の娘としては悪女としてただ嫌われるだけではない技術は身につけなければならないのだと思う。  先生は笑いを止めて柔らかな瞳で私を見る。 「悪女と言う評も聞いてはおりますし、ルアンナさまが戦う意思をお持ちになっていることも分かります。でもね、安心できる場所は作るべきですよ。男の人に限りませんけれど、安らげるところも意識的にお作りになって?」  先生は、やっぱり見込まれた先生だった。
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