いじめられっ子だった私は悪役令嬢となってさえ、貫き通さねばならないのです!

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 勉強というものは環境が整ってはじめてできるものだといまさらながらに思っていた。生まれ変わる前の私は宿題を忘れたことはないけれど、それ以外になにをした覚えもない。家に本はなかった。読む楽しみは少し知っていただろうけれど、元の世界では流行りはじめたピコピコのほうが高等な楽しみで、私のうちにやってくるのぞみなんてなかったけれどおもちゃ屋の店先を通るときは必ず店先のテレビを見つめていた。そんな中で図書館に通うなんてこともなかったんだ。  お父さまに頼んではやって来る本がいまは部屋の隅にうずたかく積まれている。確かにかつてより楽しみの少ない世界に生まれ変わっていたけれど、私はそれをすべて読んだし、複数回目を通したものも少なくない。変われば変わるものだ。 「ベルさん。私はね、なにも高等にだなんてなっていないの」  テーブルの向かいやや斜めに編み物をして座るベルさんは、冗談をという顔を見せる。 「お嬢さまは確かに主張の控えめな方でしたけれど、それほどの勉強を重ねて高等でないなんて、ご謙遜が過ぎますわ」 「だって私はベルさんのような仕事はしなくていいんですもの。それだけお気楽に生きていければ、本だって読みますよ」  ベルさんは苦笑している。 「そうはおっしゃいますが、私だって他のお屋敷のメイドたちからはうらやまれる存在です。ルアンナさまが許してくださるから遊び呆けていられるって。実際、これも余暇を実益に使っているようなものなのです」  編み針を揺すってベルさんはそう言う。 「昔は食べるために人間はいっぱいいっぱいだった……余裕が出て役割ができて富を持つものが生まれ……なら、富を持つものが広がることは予定されているの。余暇が生まれることは富を作る余裕が生まれるということだと思うの。そうだわ。ベルさんのその編み物、余裕があるならいくつか作って市場に流してみたらどうかしら? その技術だって、身につけるために時間を使ったのでしょう? 売れたらお小遣いにしたらいいじゃない」  ベルさんは突拍子もないことを聴いたように慌てだした。 「いえ、お嬢さま。私の技量などそれほどのものではありませんし、そもそもこの毛糸だってお屋敷のためになるならと与えられたもので」 「材料費なら実費を納めればいいじゃないですか。技術の価値だってお客さんが決めるもの。試してみたほうがいいですよ。そう、お屋敷のメイドさんたちにも言っておきましょう、お父さまの許可を取って。だって技術があるなら多くが享益できたほうがいいもの。ベルさん、やってみてくれないかしら。もしこのことに前例がないなら、みんな尻込みするかもしれないから」  ベルさんのそばには毛糸で編まれたマフラーや帽子、袋だけでなく、竹ひごのようなもので作られたカゴがいくつか積まれていた。ふたりでそれを見て、目を合わせる。ベルさんは少しの期待が含まれたしかし困惑した目でこちらを見ている。 「あのね、時代は下るの。ベルさんたちだって豊かになる権利はある。ベルさんが雇われただけの役割をこなした上で商売をして儲かったなら、儲かっただけ国は発展するし、文句なんて言われる筋合いはないわ。それで私たちよりベルさんがお金を持ってもいいし、それでお店ができるくらいだったらベルさんが雇い主になって仕事を作ってもいいのよ。より希望が持てる国になれば人も集まるし、人々の心も豊かになって犯罪をするまでもなくなる。お父さまの理想ってきっとそういうことで、なにも異端だなんてことないわ。人類の歩みの線上にあるだけのことよ」  私のちょっとした演説に、ベルさんはほほを染めた。
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