いじめられっ子だった私は悪役令嬢となってさえ、貫き通さねばならないのです!

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「僭越でしょうか」  私はお父さまの前でベルさんに言ったことを説明していた。 「ううむ、そうか、そんなことを」  お父さまに目通り願う賤人はまだそれなりにいたけれど、屋敷の門へ出ていって大いに着飾り付き人に不機嫌な顔を見せていることにかこつけて、「そんなイヤな顔をなさって私のうちの前に立たないでください」と大方を追い返してしまった。最後の客人を見送って入れ替わりに立ち入った私を見て「今日はもう終わりか」と少し気の抜けた声を出したお父さまは朗らかに笑った。 「……つまり、国民が豊かになる環境作りは様々な方面への学習につながり、わが国の人材的優位を作ることになると思うわけです」  考える仕草をしていたお父さまは私の意見には些末なことを判断するように呆気なく許可を出した。 「よろしいのです? お考えになっていたようですけれど」  私の声にお父さまはいやいや、と首を振る。 「いや、確かに例のないことだが、ルアンナの言うことは確かに正しく、皆のためになるだろう。私が考えていたのはルアンナのことだよ」 「私の?」  お父さまは椅子を回して庭のほうへ身体を向けた。夕日が庭をやや赤く染め、使用人たちの表情も柔らかく見える。お父さまはメイドと話す庭師の方に目をやりながら浅く頭を揺らし小さな声で言った。 「男子が欲しいと確かに思ったんだ。マリアンヌが逝ってしまって叶わぬようになったことも、マリアンヌを喪ったことに重ねて悲しんだ……。でもね、後継者が女子だっていいのだな。ルアンナがこれほど真剣に私の後継をと、学び考えてくれるのだから」  陰が濃くなるお父さまの書斎で、私は闇と同化しそうだった、権力が欲しかったんだろうか。胸がはねた。ただの貧民だった私が国家の中枢に位置する力を握る。確かにそれは華やかなことだろう。虚しかったかつての人生も救われるのかもしれない。でも、しかし私は、私は誰かの生命に責任を負うほどの人間になったのか? なっていなくてもいいのかもしれない。そうして人間は歴史を刻んできたのかもしれない。それでも私はこの国の貧乏も、苦痛も知らないのだ。お父さんとお父さまの子であるのに……。私に野心があったとしても、まだ、私では。 「無理を重ねて押し通しては国家における地位を挫こうという人間も増えます……お父さまもまだまだ先がございますから、そのことは、国家にそういう基盤ができてからお考えください。私はお父さまの元でお父さまの良心を広められれば、いまそれ以上の望みはありません」  また椅子を少し回してお父さまは横顔をこちらに見せる。 「うん……そうだね。そうであるならば、ルアンナも無理に悪役を買って出なくてもいいんだよ。あんな善良でしかなかったマリアンヌでさえ……だから」  それ以上は聞かなくても充分だった。ルアンナの母は自分から敵対を宣言などしなかったのに勝手に敵とされ命を落としたのだ。私も世界をまたいでさえ死は怖いはずだった。貴人であるということは、同時に危険をまとっているのだという認識も私はまだ浅い。 「はい、申し訳ありません」  目を合わせないでうなずくお父さまの恐怖を私は感じ取った。愛される身として。
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