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外は怖かったし、とりわけ川は。知らない人だらけの世界で私は影に怯えるのはいやだった。それでも親しいはずの人間以外が存在しなければ恐れずともよい。自然、邸宅の囲いの内側が私の居場所となった。幸い広い所領を持つ私の家は相応の面積を持っていて、引きこもりでも運動不足にはならなかった。記憶の繋がっている私はもともとアウトドア派で外に出てあらゆることをしたからストレスにならない広さの家は大変ありがたい。部屋でしばしば書きものをしてなんらかの仕事を進めているお父さまもはじめのうちは門の外に出たがらない私に安心していた。私がこの世界で倒れた原因は、お父さまを狙う暴漢にあったようだった。車から私を先に降ろして後に続いたお父さまに刃物を持って突進してきた男は割って入った護衛にその場で斬られたらしいけれど、少し先走った私に護衛は間に合わず跳ね飛ばされたらしかった。悪意は私には向いていなかった。でも、お母さまのことがあったからお父さまはひどく悔いている。身内に悪も失敗も存在しなかった中で、自分だけが悪かったようにお父さまは。庭師と一緒に花の手入れをしたり飼い犬と遊んだりしながらも、私はお父さまのことを常に頭に置いていた。ときどき見やるお父さまの部屋はいつも暗く私の目に映っていた。
けれど、そんな部屋に来客は多かった。公爵というものがどういうものかちゃんとは理解していなかったけれど、先生がおっしゃったように政治的なことはしていたし、そういうことを有利に動かせる権力も持っているようだった。お父さまの客はほとんど政治がらみのもので、会うことでお父さまが助かるようなことはまるでないようだった。伝え聞くに権力に取り入って自分の利益を図ろうというものばかりで、最初のうちは権力があるというのも大変などと思っていたけれど、客を見れば怒りを催すだけになるのに時間はかからなかった。
能なしな親の……、私には私ばかりではなく両親を含めて中傷された記憶が重く沈んでいる。そういう人生を経験して、生まれ変わった私がやるべきことがあるんだろう。私は憤りを言葉にしてお父さまの客にぶつけた。女で子どもの私が怒鳴りつけたって大した脅威はないだろう。精神を歪める悪意がいい。私はできるだけ陰湿で嫌味な言葉を選んで客とのすれ違いざまに吐きつけた。
「ルアンナ……どうしたんだい? 近来、お客さまがルアンナにいじめられると言うんだ。つらい言葉を吐きかけられると……」
私はお父さんお母さんの子としての意識を持った、お父さまとお母さまの子なのだ。やさしさの上に更なるものを求めなければならない。困り気なお父さまに私は強く声を出した。
「私はやさしいお父さまとお母さまを大切に思っています。そして、やさしさに付け入る悪意も知っています。私は絶対にお父さまを失いたくありません。私の後ろ暗い精神もお許しいただきたいです」
お父さまはびっくりしたように口を開けていた。しばらく、くちびるを震わせてゆっくりと「ルアンナは、いつの間に強くなったのだなあ」とつぶやいた。そうして薄く笑った。
「それは後ろ暗さじゃないとお父さんは思うよ。きっとやさしくあるために必要な強さであり、闘争への意思なんだと思う」
言いながら目を閉じてお父さまは幾度も頭を浅く上下させていた。私は前世でできなかったことを取り返したいと、その表情をじっと見つめながら思った。
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