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 修学旅行といえば、もちろん本編も楽しみではあるのだが、一番わかりやすく盛り上がるのは、旅館やホテルでの消灯後トークだろう。どうせ嫌でも電気を消さなければいけないし、時折やってくる教師の見回りは布団をひっかぶってやり過ごして、出てったのを確認してまたあれやこれやと、夜の闇の中に話の花を咲かせるというわけだ。  その花がさほど美しくないのは仕方がない。たいてい盛り上がる話題は、誰と誰が付き合ってる……とかそういうゴシップな話だし。  けれども、そういう話が一番盛り上がるんだよな。  なのに、どいつもこいつも気合が足りねえな。  そこかしこで、スースーと規則正しい寝息が立っている。立っている? 冷静に考えると寝てんのにどうして立ってんだろ。  まあとにかく、みんな寝てんだよ。おれの部屋。  言うて3泊4日のうちの3泊目だから、そろそろ疲れも出てくる頃合いなのだろうが、まだ高校生じゃん、おれら。ピチピチどころじゃなくビッチビチじゃん。朝起きてから夜眠るまでマグロのように動き回ってて然るべしなんじゃないのか? マグロはそもそも寝ないけども。  しかも、これが普段の毎日だったら授業中に舟漕いでたってしゃあないけど、修学旅行だぞ、修学旅行。それも最終日。一番熱い日じゃん。空港行くバスの中で寝りゃいいのにな。  4人部屋の暗い天井に向かって、心の中でいくら熱弁をふるってもレスポンスはない。  時は午前1時過ぎ。あと数時間すれば、少しずつ夜の闇がほどけてゆくはずだ。    消灯後のスマホは厳禁とお達しがなされていたが、そんなもん知ったことか……と思っていたやつがほとんどだろう。例によって、おれも枕元で充電していたスマホをつまみあげる。  すると同時に画面が光り出したので、おれは思わずそれを放り出しそうになった。なんとか落っことさずに保持すると、画面に表示された通知を読んでみる。  新着メッセージの通知だった。 <あおばみその:起きてる?>  お、同志じゃん。  そんな感想が思わず独り言として口から出そうになって、手でふさいだ。  青葉美苑(あおばみその)は、高校でたまたまクラスメイトになった女子のひとりだ。連絡先を交換したきっかけとしては、1年生のときに総合学習の発表班が一緒になったから……というだけだったが、それが終了してからも、美苑とのやりとりは続いている。  美苑とは、割と明け透けになんでも話せるから楽しいし、ラクだ。あとは単純に話題の引き出しが多くて、話してても飽きることがなかった。美苑がおれをどう思ってるのかは知らないが、黙ってても向こうからメッセージをくれることがあるから、つまんねえ男……とは思っていないのだろう。たぶん。  おれは「おきてる」とだけ打って返信する。  そのメッセージにはすぐ「既読」の印が付いた。そして間髪入れず、返信が千本ノックの如く飛んでくる。 <うちの部屋、みんな寝ちゃったさ> 「こっちも」 <まじか!!笑 張り合いがないよね> 「ほんとよ。つまんねえ」 <じゃあ、ちょっと二人で話そ> 「いいよ」 <何号室だっけ> 「920」  ん?  え。メッセージで、ってことじゃなく?  来る気かよ、あいつ。  おれも普通に部屋番号言っちゃったけど。 <おっけ> 「待て待て。こっち来んの?」 <みんな寝てんでしょ? ドア半開きにしといて> 「見回りは」 <今日ラストだし生徒も夜更かししないだろうからって、先生たちもさっさと寝るらしいよ。なるちゃんとかおりんが立ち話してるの聞いちゃったさ笑> 「なるちゃん」も「かおりん」も引率教師のあだ名なわけだが、ほんと、壁に耳あり障子に目ありとはよく言ったものだ。  まあ考えようによってはわからなくもないが、おれたちのような悪ガキには、初日でも千秋楽でも、たいした差はない。  少しばかり考えを巡らせて、おれは返信を打った。 「見回り来ないなら、外で話すか」  さすがに部屋の中でコソコソ話していて、偶然起きた同室のやつに見つかると、下手すれば教師に見つかるより厄介だ。女部屋に男が行くよりはまだマシなのだろうけど、さすがにこんなところで心象を悪くしたくない。  案の定、美苑からはすぐに返事が届いた。 <いーよw>  おれは身体を起こして、周囲を見回す。同部屋のやつらは全員ぐっすり眠っていた。そっと布団から抜け出すと、音を立てずにスリッパに足を入れた。  ひと部屋にカードキーは2枚充てられている。壁のキー差込口に2枚とも突っ込まれていたうちの1枚を、そっと引き抜いた。  *  今日泊まっているホテルは海を臨む場所に建っていて、もともと海側の客室だったから、部屋からも海を眺められた。けれど、ホテルの前にある堤防までやってくると、真夜中の暗がりでもまるで手が届きそうなほどに海が近く感じた。吹き抜ける風も潮のにおいがする。 「美苑、早過ぎん?」 「ふふん。即断即決即行動が大事じゃん」  おれがコソ泥のようにホテルから出てくると、美苑は既に海を眺めていた。私服姿で、肩に触れるくらいの髪が風でユラユラ揺れている。今は暗くてよく見えないが、明るい場所だとほんのりと栗色をしている。よくある嘘っぱちなどではなく、本当に地毛なのだという。  どおりでいわゆる「プリン」にならないわけだ……と言ったら、こいつは「くれぐれも美味しくいただきたまえ」と言葉を返してきたことがある。違うって。おまえはプリンじゃねえって言ったんだよ、おれは。  まだ暗闇に目が慣れない。それでもはっきりわかるくらい、美苑は心底つまらなそうな調子で言った。 「あーあ。まさかこんな早くみんな寝ちゃうなんてさ。つまんないの」 「疲れてんだろうよ。美苑は疲れてないのか」 「ぜんぜん。それにどうせ明日なんて、水族館行って飛行機乗ってばびゅーんで終わりじゃん。帰り寝ればよくない?」 「まあそうだけど」 「健斗(けんと)だって起きてたじゃん。何してたの」 「いや、ギリギリまでは起きてたんだよ、みんな。密談しようぜーって言ってたくらいなのに。でも人の噂話が月下美人(げっかびじん)で」 「あー。盛り上がんなくてすぐにしぼんだ、ってこと?」 「そうだな」  ゲッカビジンの花は、夜に咲いて、朝までにはしぼんでしまう。そんな風に、知らなきゃわからん例えを持ち出すおれも大概だが、それを拾う美苑も美苑だと思う。ユーティリティープレイヤーか?  もっとも、そうでなければおれたちはここまでウマが合わなかったのだろうが。 「それじゃ、あたしたち二人で。……この暗い真夜中に、大輪の花を咲かせようではないですか」  美苑は言いながら、ぼんやりした闇の中で、笑顔の花を咲かせていた。  同時に、そもそもなぜこいつとこんな時間にこの場所に……という疑問が浮かぶと、おれの脳みそはすぐ、美苑と話すようになったきっかけの記憶を呼び出していた。 >>>>>2
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