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1年生の総合学習の話だ。
テーマは各自の好きに決めて調査をし、一枚の模造紙をあてがわれてそれを使って発表する……という、教師にとっては休み時間のような時間で、おれはたまたま、それまで話したことのなかった美苑と組むことになった。
うちの高校は女子の制服が人気で、全校生徒でも女子の方が多い。だから半ば必然的に女子と組むことになってしまい、おれは内心複雑な思いだった。分担するのも面倒だし大半は一人でやろう……とすら思っていたのだ。
「なんで人が恋をするのか……とか興味ない?」
そうしてテーマ決めの話し合いが始まった途端、ガヤガヤし始めた教室の雰囲気を見計らって美苑が言い出したのが、こんな台詞だった。
おれは鳩が豆鉄砲を食らったようになりつつ、訊いた。
「ずいぶん心理学的なことに興味持ったな、青葉さん」
「だって、思わん? しかもうちら高校生なんて、一番いい時期よ。最優秀賞は間違いないっしょ」
賞金がもらえるわけでもなんでもないが、すべての発表後には生徒の投票によって、いちばん票数が多かったペアを決めることになっていた。
「まあ、キャッチーではあるな」
「でしょ? 興味ないこと調べさせられる方が苦痛だし。多少は面白みがなきゃね」
「もっとも、興味あんのは青葉さんだろ」
「えー。渋澤くんは興味ないの? こういう話」
正直なところ、健康な男子高校生として全く興味がないわけじゃないが、成就する見込みのないことに期待するほど、気持ちに余裕はなかった。正直に「まあ、ちょっとだけな」とだけ答えると、美苑は頷いて、にんまりと笑った。
「じゃあ、決まり。いいねえ、楽しくなりそう」
「言っとくけど、おれ、やるからには徹底的にやるぞ」
「わかってる、わかってる。せんせー、情報教室行きます」
美苑は教室の隅っこで暇そうにしていた担任に声をかけ、さっさと席を立ち、教室を出て行く。遅れておれも腰を上げて、それに続いた。
あいつら早過ぎん? などというクラスメイト達のヒソヒソ話は、聞こえないふりをした。
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結局調べ物はおれが、模造紙にまとめるのはほとんど美苑が……という分担が何も言わずともできあがった。おれはパソコンがそこそこ得意で、美苑は絵や字がきれいだった。互いの持ち味を活かさねばペアを組んだ意味がない、というのは二人の間での共通認識だったのである。
とはいえ、明確にパキッと事実としてわかっていることがテーマならいいものを、恋をするメカニズム……などという最高にわけのわからんことをテーマに据えてしまったので、なかなかに骨が折れる作業となった。
二人でああだこうだと話し合いながら準備を進め、迎えた発表当日。
順に発表を聴いて、最後から三番目が、おれたちの番だった。
「要するに、フェニルエチルアミンやアドレナリン、ドーパミンなどの脳内物質によって、好きな相手のすがたを目にすると、気持ちが高揚するわけです」
いま、美苑はおれが作ったカンペを頭に叩き込んだ結果を、唇の隙間からアウトプットしていた。考えたら全部「ン」で終わんだな……と他人事のように考えながら、目の前に居並ぶ同級生たちの表情を見やる。他の発表の時と比べれば、明らかに発表者に向かう目線の数が多い。まあ高校生として過ごすこの時間なんぞ、神様か誰かによって(甘酸っぱくなれ……)と培養されているようなものだし。
やがて、二人で終了のお辞儀をしながら、拍手を浴びた。
すると、ここで担任が要らんアドリブを発揮し始めたのである。
「今の発表はみんな大変興味深いものだったと思うけど、何か質問のある人はいますか」
いねえよ、と言いたくなりながら美苑と顔を見合わせる。ちくしょうめ。他の発表の時には質問なんぞ募ってなかっただろうが。
全員黙ってろ……と念じたのに、それよりも我がクラスのお調子者が、手を挙げて立ち上がる方が早かった。
「えっとぉ、最初めっちゃ相手を好きだったとしても、いずれ冷めちゃうのはなんでなんすかね」
ニヤケ面が、そんなボールを投げてきた。こいつは単純に、わらかしで言ったに違いない。
普段なら、そんなもんおれが知るか……と言いたいところだったが、ここに至るまで、おれは実にいろいろなサイトや本を読み漁っていた。むろん、発表時間にも模造紙にも制限があるから、発表内容に入れずに落とした事柄も多い。
美苑の瞳が、ちらりとこちらの方に向いてきた。
そこにたたえられた光の中には(どうしよう?)が半分。
そしてもう半分は(お手並み拝見)であるように見えた。
ふーん。
まあ、これについて調べたいって言ったのは美苑だしな。
徹底的にやるって言ったからな、おれは。
ん、と咳ばらいをひとつしてから、おれはゆっくりと口を開いた。
「―――たとえば、今、青葉さんがおれのことを好きになったとします」
ざわ、と皆が顔を見合わせる。いきなりこんな切り口でくるなんて、きっと誰も想像をしていなかったに違いなかった。
しかしながら、おれはどんな時でも、負け戦が嫌いだった。
やるからには、勝ちに行く。それだけだ。
美苑も一瞬(は?)という顔をしていたが、おれは知らんふりで、教室のガヤガヤが収まるのを待ってから、ゆっくりと話し始めた。
「そうすると青葉さんの脳内で、さっきのフェニルエチルアミンやらドーパーミンやらが分泌されますね。けど、それらの物質は無限に出るわけじゃなくって、長くてもだいたい3年が限度と言われています」
「3年」
「だから、高3の春になった頃に、青葉さんの恋心が冷え切ってても、それは決して不思議なことじゃない……って話になりますね」
「はい、はい。そういうときの対処法はあるんすか」
「そういう時は”そもそもなんで好きになったんだっけ”って振り返ることが大事ですね。模試の成績と同じで、恋心も上がり下がりするものです。二人が付き合ったきっかけを、もう一度振り返ってみることをおすすめします」
そういえばあのお調子者、最近彼女とうまくいってないって噂になってたな……ということを途中で思い出した。
最後の一言はせめてもの餞だ。せいぜい、山あり谷ありのサバイバルを続けるがいい。
余計なことさせやがって。
あざっした……とそいつがお辞儀の姿勢のままで席に座ったのを見届け、おれは質問タイムを終わらせる一礼をキメたのであった。
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