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Ⅵ 仲直り
「……眠れない?」
「お母さん、お母さん……どっか行っちゃやだ……死んじゃう……」
「大丈夫よ。『水の』が言っていたのはちょっと違う意味だわ」
「わかんない……」
「メルちゃんは、良い子よね」
「うん」
「でも、もしメルちゃんが本当は悪い人で。私を殺そうとしてる人だとしたら、その人を助けたらどうなるかな」
「……悪い人が、助かって。お母さんが死んじゃう」
「そうね。そういうことを伝えてくれたのだわ」
「でも、でも。メルちゃんは良い子で……わかんないよ……」
「そうね、一度。メルちゃんときちんと話してみたらどうかしら」
「うん……」
「大丈夫よ。お母さんは簡単に死なないわ。いいえ。死ねないのよ」
「え……」
「ほら。メルちゃんは屋上にいるわ。行っておいで」
「う、うん」
クライミングローズが私のお尻をぽんっと叩いて。大きくなった花びらが私を包んでくれる。外は寒いからケープのように纏って、バラの香りと花弁の柔らかさが安らぎを与えてくれる。
「うわぁ!」
星を眺めるメルちゃんの目の前に、にゅっと現れた私。飛び上がるメルちゃん。落ちそうになったからふたりでわたわたしていると。ふたりともクライミングローズの花びらをベッドにして倒れてしまった。
「はぁ……はぁ……あぶね……もう……やめろよな」
「ご、ごめぇん」
「ぷ……あはは……アイリスはいつも……」
「う。ごめんね……めるちゃん」
「あはは……。なんか、変な感じになっちゃったな。アタシたち」
「うん……」
「アタシは、アイリスともうちょっと違う形で会いたかったよ」
「ごめん……ね……」
「いや。こっちこそあの時はごめん。ムキになって」
「ううん……私が……」
「あーやめやめ。両方悪くて両方悪くない。それでいい。でもさ、なんで止めたんだ? 責めてるわけじゃなくて。単純に理由が気になる」
「えっと、くららさんが『【眼前の】』って言ってたでしょ。でも、あの時めるちゃんは闇の中で対象指定をしてなかった」
「お、おう……」
「だから、もしかしたら『この世界に使用してある水銀』のすべてが元に戻りそうで。そうしたら……えっと、私たちの知らないところに使われている水銀も元に戻っちゃうでしょ。そうしたら『わー!』ってなるのかなって」
「……すごいな……そんなこと考えてなかった」
「うん。お母さんが言ってたから『錬金術師や神の力は世界を創り変えるもの。曖昧な気持ちや、迷い。対象指定のない術はすべからく世界を壊すわ』って」
「そう、か。それにあのまま母ちゃんが元に戻ったとして。どうなるかわかんないな。それこそパン屑みたいになったら、アタシはきっと後悔する」
「うん。それで、めるちゃんのお母さんが壊れちゃったらやだなぁって」
「ありがとう。アイリス。もしかしたら自分で自分の願いを捨てるところだったかも」
「え、えへへ……てれるなぁ……」
「母ちゃんのことだけじゃないんだ」
「え?」
「初めて、こんなに話せる友だちができて。その……甘えさせてくれただろ。それも、うれしかったんだ。でもさ、ケンカ別れなんてやだもんな」
「うん。めるちゃんが神様になっちゃっても。ケンカはやだ」
「あぁ。クララにもありがとうって言わないとね」
「じゃあ、もっとここいる?」
「ううん。だめだ。お別れが近づいてる」
「そっ、かぁ……じゃあ、おわかれのあいさつで。好きなのがあるの」
「なに?」
「豊穣の神様、ケレスとお別れしたときにもね、言ったやつ」
「またね、って」
「あぁ……いい言葉だ」
「うん。だから、もし、めるちゃんの願いが叶って。お別れの時が来るなら、またねって言いたい」
「そうだね。約束」
「うん」
私たちが小指を繋いで約束をすると。空が明るくなった。朝になっちゃったのかなぁって思ったら。星。たくさんの星たちが流れていた。となりで同じ空を見つめるメルちゃん。けれどその瞳は、空、星、夜の向こうを見ているような気がした。
「きれい……」
「あぁ……」
「めるちゃん?」
「ごめんな、もう少し、いっしょにいたかったよ。アイリス。『ヘルメス・トリスメギストスの名において命ずる。銀として銀。星として星。神として神。我、三叡智を知るものなり(トリスメギストス)。我、そして彼女らの願い、その導きし地を示せ』」
流れ星たちが止まった。光、星たちが描いた軌跡までも止まって、星が集まる場所。そこにはひとつの丘があった。
「マリア聞いてるんだろ」
「はいはぁい」
「わっ。お母さん」
「行くのね」
「はい。メルクリウスとして、望みます。よろしくお願い致します」
メルちゃんの声、いつもの元気な感じじゃなくて。どこかしっかりとした、おとなの声だった。お母さんが指先を動かすと、飛空植物がぐわんと上がってきた。私たちを乗せたクライミングローズと繋がって。まるでそれはひとつの植物のように。私たちを運ぶゴンドラのようになった。
これから起こること、そして私たちを凪ぐ風が怖かったけど。今は、さわぐような雰囲気じゃなくて。私はお母さんのお胸にぎゅってしてた。
「マリア『流れる銀』『液体の銀』つまりは『水銀』の説明を」
「水銀という金属素材。これには多くの二つ名があるのだけど。その中に『活(い)きた銀』という名があるわ」
「そう」
「だから、お母様は『活きた銀』になったのであって」
「もう、この世にはいない。ただ、ニュクスが魂はあるとおっしゃいました。ならば、取り戻すことはできる」
「えぇ」
「めるちゃん……?」
「ありがとうね。アイリス。私はもう、私を偽る必要がなくなりました。フッド家長女。メル。いいえ。メルクリウス・トリスメギストスとして化現します」
「じゃ、じゃあ。私ともお友だちじゃない?」
「あはは。そんなわけ、ありません。本質としての私を見てくださったのはあなただけ。もし叶うのならば私はあなたとともに同じ時を過ごしたい。けれど、それはあなたの夢を奪うことになる。そうでしょう。マリア」
「えぇ」
「私は、お母様を取り戻します。そして至るは存在の証明。ごめんね。アイリス。今のままの姿であなたと共に歩むことは難しい」
「……うん」
「星詠む者として言いましょう。あなたは別れの多い生になる」
「そんな……」
「ケレスもそうだったように。あなたは神に形を能(あた)うものとして、役割を与えられている。そう。星の下に誓いましょう。その別れはあなたに新たな選択を与える。別れとは新しい出会い。神が神を生んだように、虹の女神アイリス。貴女は生む者である」
「そ、そっか」
「今は、分からなくていい。元気でねアイリス。笑顔を絶やさぬよう」
「うん……」
「マリア。確認のため。今から私が行うことを述べます。正しきか、判りなさい。して、従いなさい。然らば与えん。しかし、誤りならば正しなさい」
「えぇ」
「私は……」
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