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Ⅷ 初めての杖
「あらあらあらぁ! かぁわいい!」
クララさんがうれしそうになにかをぱしゃぱしゃしてる。水の音かなぁって思ったら。写真っていうものらしい。なんでも「水を張ってレンズ状にした物を重ねて、虚像を紙に映し出すのよぅ」って言ってたけど、わかんなかった。
メルちゃんが置いていってくれた一本の杖は『カドゥケスの杖』というらしかった。双翼双頭の蛇飾り。お母さんが持とうとしたら、その蛇が『シャー!』って威嚇したので、私のものらしくって。それを持つとなんだかメルちゃんといっしょにいるみたいでうれしかった。
「アイリスの初めての杖ね」
「ふふふぅ。それにしては、神力が強すぎるような気がするわぁ。万物の形状を変化させるくらいの力があるじゃない」
「ぴぇっ!」
「ふふ。大丈夫。あなたはそんなことしないでしょ。アイリス」
「う、うん」
「それにぃ。それは『平等』『治癒』『眠れぬ者を眠りに誘い、眠れる者を眠りから醒ます』という象徴的なもの、破壊的なものではないのぉ。あとはねぇ」
「あとは?」
「お・か・ね」
「お金? 私たちはいらないよ?」
「ふふぅ。過去にあったのよ。通貨という物を介して取引をしていた時代がぁ。その時にぃ、メルクリウスは『死者の導き手にして商人・羊飼い・博打打ち・嘘つき・盗人の守護者』だからぁ、それに準じた能力を引き出すことができるわぁ」
「な、なんかやなかんじ……」
「ふふ、でも分かったでしょう。それが良いことになるときもあるっていうことを」
「うん。メルちゃんが教えてくれたもんね」
「そう。だからその杖をあなたにくれたのかもしれないわね。メルちゃん、アイリスならきちんと使ってくれるって思ったんじゃないかしら」
「そっか! じゃあこれで鍋がかき混ぜよう!」
「あらあらぁ、それはぁ、別の物の方が良いわよぅ。生成物すべてがエリクシール並みの力を持つからぁ」
「ふふふ」
「あ、そうだ。メルちゃんお母さんとは会えたのかな」
「えぇ。きっとね」
「よかったぁ」
私は杖を抱っこして寝てた。その私を、お母さんが包んでくれて。なんだか、本当にメルちゃんといっしょに眠っているみたいで、あったかくて。私は優しい夢に包まれていった……。
Ⅸ 夜来光(イェライシヤン)
アイリスが就寝すると、マリアは大きな花びらに変わった。その花びらがアイリスを包み。そして、別の場所。食事部屋で紅茶を飲むクララの前に、マリアは現れた。
「あいかわらず、神出鬼没ね」
「あなたこそ、万物の水じゃない」
「ふふ。確かに。それで? 今回の件はどうだったのかしら」
「あの子、泣いていたわ」
「ニュクスの闇に触れたからでしょう。『彼女』との結合の片鱗ね」
「そうね」
「すべて、予定通り。ようやくね。マリア」
「えぇ」
「最後の嘘は、あまりに残酷じゃないかしら」
「不必要に傷つける必要もないわ」
「そう」
「神格化の際、フッド家三者の血を合わせることは絶対の条件だった。だから、それを『会えた』と定義するのならば嘘ではないと思うし」
「詭弁だわ。意思なき邂逅はただの同一化。川と海の境界線が分からないようなもの」
「汽水という存在の仕方もあるわ。どちらにせよあの子にはまだ理解できない概念なの」
「まぁ、そうね。して、次はどうするのマリア」
「赴くままに。またの機会に、お礼をするわ。クララ。なにかあったら頼ってちょうだい。私にはカドゥケスを通じて『三叡智の錬金術師(トリスメギストス)』の力も加わったのだから、できることは増えるわ」
「そのうち、神罰に会いますよ。マリア、いいえ……マリ」
「ご忠告ありがとう。シスター。けれどその程度で『彼女』を救えるのならいくらでも」
「そういうことにしておくわ。とりあえず一件落着ね。次の段階は『夜の女神』かしら」
「まだよ。もっと、もっと先。その時、きっと私はいない」
「母との子を望み、母を求めれば求むるほど母の喪失に近づいてく。こんなの喜劇だわ」
「そんなもの、かもしれません。それにしても……腰が重いわ。まずはお師様のところに行かなくては」
「ふふふふふふ。がんばってねぇん。賢者の石はさすがに一筋縄ではいかないわよ」
「そうね」
「がんばりなさい。マリア。では。聖母の良き導きを」
「ありがとう。あなたにも、良き導きを」
クララだったものは、形を失いただの水へと還る。花たちの花弁に玉雫を落とし。そして、土へと染み込んでいった。マリア、その人もそこに既になく。アイリスを抱き、夜は更けていった……。
―― 流れる銀と盗賊と END――
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