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Ⅱ 空と別れと豊穣の訪れ
朝起きると、雲行きが怪しくて。せっかくケレスに会いにいけるのにやだなぁって思ってた。それを相談したら、お母さんは空の錬金術師に会わせてくれた。
「ホムンクルス、アイリス。本当はこんなこといけないのですよ。錬金術を私欲に使えばそれこそ……」
「うぅ……お願いします……」
「う。もう……『花の』これを見越して頼んできてるでしょう」
「ふふふ。そうねぇ。『空の』あなたならこの子の頼みを断れないかなって」
「まぁ、やな子。まぁ……いいわ。今日は作物への影響も少ないでしょう。渡り鳥も。ほら、特別よ。えい」
空の錬金術師さんがポンっと手を叩くと、空の雲がぶわぁっと広がって。煌々と輝く太陽が私たちを照らす。錬金術師はすごいなぁ。なんて感心していると、空の錬金術師さんがしゃがんで、私の頭をなでる。なんか、お母さんみたいに安心する。
「お友だちに会いたいのでしょう?」
「うん」
「その子の名前は?」
「ケレス。ケレスって言ってた」
「……あら。『花の』なにを考えているのかしら?」
「ふふふ。ご想像にお任せするわ。行きましょう。アイリス」
「え、あ、え……えっと。あり、がと……そらのさん」
「んっっっっ!」
「うわ! な、なに……」
「な……なんでもないわよ……『花の』早く連れて行ってちょうだい。かわいすぎて雲隠れさせてしまいそうだわ」
「あら。それは大変。ほら、乗ってアイリス」
「う、うん」
飛空植物の中、お母さんのお膝の上に乗って。小さくなる空の錬金術師さんに手を振る。そしたら、まるで雲みたいにすぅっと消えていった。迷惑、かけちゃったかな。そう思っていると、お母さんがお腹をなでて。優しい声でささやいた。
「大丈夫よ。本当にいやなことは断る人だから」
「そっか、そらのさんは……」
「ふふ。アイリス、それはね『空の』という通称なの」
「そう、なんだ。お母さんが『花の』って呼ばれるのといっしょ?」
「えぇ」
「なんで? お母さんはマリアでしょ?」
「その時代、その役割によって名前が変わるからよ。私も今はマリアだけれど。マリアという共通認識や、言語形態が変われば意味を成さなくなってしまう。例えばマリアという言葉が空の異称になれば、私は空ではないから名前を変えるの。あとは『錬金術師』って言うと長いから省くのよ」
「そうなんだ」
「えぇ。その中で、仲が良い子とはよく会うの。と言っても、用事がなければ五百年に一度とかだけれど。そういう子は名前で呼んだりするわね。クララとかはそうね」
「私、クララさん。知らない」
「そのうち会えるわ。アクア・クララ。その昔、どの家庭にも瞬時に水、お湯が飲めるものが存在したの。そこからとって『すべての人々に清浄の水を届ける』だからそういう名前らしいわ」
「へぇ。会ってみたいなぁ」
「ふふ。またね、ほら。ついたわよ」
そう言われて地上を見ると、私は驚いた。今まで大きいと思っていた麦畑は、ほとんどはげ地になっている。どういうこと。昨日ケレスと遊んだのは昨日なのに。理由を聞きたかったけれど。ぎゅっと握られた手のひら。お母さんから緊張が伝わってきて。なにも言えなかった。
✾
「ケレスー!」
麦畑に降りてケレスを探すのだけれど。なかなか見つからない。何度も、何度も叫ぶのに、姿を現してくれない。友だちになれたと思ったのは私だけだったのかな。そう思って、下を向いて歩いていると、小さな、本当に小さな穂擦れの音に声が混じっているのに気づく。
「……イリスー。アイリスー」
「どこ? どこなの! ケレス」
「したー」
近くて遠い。そんな声を手繰っていくと、なんと私の足下に、親指サイズのケレスがいた。大きさもそうだけど心なしか前よりも幼い気がする。
「きてくれた」
「うん。約束だもん……えっと、どうしたの」
「たいよー。あさ。すくなかった。ちっちゃい」
「そ、そっか。えっとね。ちょうど良かった。今日はお誘いに来たんだ」
「おいかけっこ?」
「ううん。えっとね――」
✾
「――きゃー! かわいい。いらっしゃい。小さなお嬢さん」
「お、おじゃまします」
お母さんも喜んでくれてる。連れてきて、良かった。運んでいる時も風で飛んでしまいそうだったから。手で包んで運んでくると、ちょっとかじられたり、つんつんされてくすぐったくて。それを話したら、お母さんは嬉しそうにほほえんだ。
「あらあら、本当に仲良くなったのねぇ」
はげ地の真ん中、風よけのドームをお花で編んでくれた。
今のケレスにはカップが大きすぎてお風呂みたいになってたけど、それが楽しいんだって。とても不思議な、楽しいお茶会だった。
「さぁ、お菓子を出しましょうね」
机の上に並ぶクッキー、パン、ホットケーキにマフィン。多すぎて食べきれないくらいの量で。私もちょびちょび、ケレスもちょびちょび。
ケレスはぜんぶかじりかけなのが、なんだかかわいい。
「おいひい」
「ふふ。良かったわ。でもねアイリス。食べながら話したらだめよ」
「ふぁい」
「ケレスはお口に合ったかしら」
「そう、ね。理解したわ……こうやって、つかうのね。わたしを」
「えぇ。あなたが与えてくれた恵みは、こうして形を変え、みなの空腹を。心を満たしていますよ」
「そう。だったら、どうしてわたくしへの感謝をみな忘れてしまうのでしょう。時代のせいなのでしょうか」
「ふ、ふぇ……」
「そう断言してしまうのは少々狭量のように思えます」
「しかし、その昔。みなわたくしを崇めてくださいました。ですから、返すことができた。その地位に、あぐらをかいていたわたくしが悪いと申しましょうか」
気がつけば、小さなケレスはいなくなっていた。私の隣。お母さんくらいの背丈のくすんだ黄金色の大人の女性が立っていた。こぼれたティーカップが、少し悲しかった。
「ケレ……ス……?」
「ごめんね、アイリス。あなたを騙すようなことをして。おいかけっこ、楽しかったわ」
「う、うん……」
「話を戻します。どうして、花の錬金術師がわたくしのような地母神を気にかけたのでしょう。返答次第では、わたくしはあなたの力を借りることはできません」
「あら、どうしてでしょうか」
「かつて人は地母神の加護を利用して農作を行いました。それ自体は、文化の発展。人間という一つの種の選択進化。ですが、その中で奴隷という制度が生まれ、また祀りにも人を、生物を用いた生贄が生まれました」
「えぇ」
「わたくしとしては、そんなものは望んではいないのです。限りある命を燃やすこと。その命はわたくしにはおろか『ニュクスのゆりかご』にも行けずにさまよい続けます」
「お母さん、どういう意味?」
「祀りとして消費された命は、その神に帰属する。死んでも生まれ変われないの」
「えぇ。そこで一つの問いが生まれます。それは、誰がために行う贄なのか、その是非を問うよりも先に豊穣を願う人々があまりに多かった。ですから大地は衰退。そして次に人が滅び、大地はそれを糧とし、新たなる生物を生み出した。それが今ある生物形態。すなわち現在です」
「それを知るものは人間にはおりません。私や、あなたのように永遠を生きる存在のみ」
「そうです。ですから、もう一度滅びゆくのです。穂は多くの生物に与えられるものであり、管理は人の言い分。その点、先代はそれを理解しておいででした」
「落ち穂、ですか」
「よくご存じですね。以前の文明において『貧するものに与えよ。すべからく取ってはならぬ』という戒律。あれは他生物への回帰の意味もありました。しかし、彼女はそれを誤った。すべてを我が物にしようとしているのです」
「過去にこんな言葉がありました『釈迦に説法』まさに今から私があなたに言いますは恐れ多いことではございます。しかしケレス。もう少し、人を信じてみてはいかがでしょうか」
「なにゆえに?」
「知らぬのです。ただ、無知。ということは往々にしてございます。それを理解せぬと根絶やしにするのは蛮族と変わりなき事と思いますが。いかがでしょうか」
「我、神ぞ。錬金術師風情が度が過ぎる」
「ですから身の程などは初めから弁えてはおりません、と別の形で申しましたが?」
「我は土にして木。その花、すべて喰ろうて……」
「だめ!」
「っ……アイリス……今はいけません。私は、あなたとは友人のようにありたい」
「わかんないけど。お母さんを傷つけるなら。私は許さない。絶交! ケレスきらい!」
「え……アイリス……ちょっと待って……」
「つーん」
「そ……そんなぁ……」
「ふふ。説得は、私よりもアイリスの方が得意みたいね」
「はぁ……ごめんなさい。取り乱しました」
「いえ。人の私利私欲が罪を呼ぶのは紛れもない事実ですから」
「知ったような口を利くのね、錬金術師。あなたは精霊体でしょう」
「元、人です」
「そう……」
「またけんか!」
「ま、まって、アイリス。私はマリアと喧嘩しているわけではないのですよ」
「大好きなふたりがケンカしてたら、や! ケレスもお母さんも!」
「ふふ。そうね。ここは折れてくれないかしら。私はあなたを咎めに来たわけでも貶めに来たわけでもないの。少し協力してほしいだけ」
「……はぁ……アイリスに免じて。話を聞きましょう。して、協力とは」
「麦穂を元に戻してほしいの」
「できたらやっています」
「そうよねぇ。そこが問題なのよねぇ」
「でも、おっきくなったよ」
「え?」
「クッキー食べたら、ケレスおっきくなった」
「あぁ……」
「パンって、小麦粉だよね。小麦粉って、麦をゴリゴリしたやつだよね」
「ひっ! グロテスクな……」
「あ、ご、ごめん。ケレスの身体だったね」
「身体……という概念ではないのだけど。その認識でいいと思います」
「ってことは、パンを食べれば、たくさんの小麦粉、麦が戻るんじゃないかな」
「えっと……そんなので良いのでしょうか、マリア」
「やってみるだけやってみましょう。じゃあ、アリエスさんのパン屋さんに」
「地母神が土地を離れるなんて。考えられないことです」
「大丈夫。勿忘草を置いておくから」
「たかだか花になんの力が……」
「ちょっとしたおまじない。大丈夫。ここがあなたの還るべき場所。花の錬金術師の私が保証します」
「なんの保証にも……」
「お出かけだね♪ ケレスはどのパンが好き?」
「う……」
「ですって。こんなかわいいアイリスちゃんを裏切るのですか? ケレス」
「ううう……分かりましたよ……もう……」
「私はね、レーズンが好き」
「はぁぁぁぁ……そうね……私は……」
✾
「アリエスさん! ありったけのパンをくださいな!」
「は、はぁ……」
「えっと……よろしくお願いします」
「レーズンある?」
「あるわよ。はいどうぞ、アイリス」
「ありがと!」
「そちらの方は」
「えっと……これ、がいいわ」
「フランスパンですね。マリアさんは?」
「私はチョコをいただこうかしら」
「太るよ。お母さん」
「う……うううう……ミニロールで、お願いします……」
せっかくだから、とアリエスさんがホットミルクを入れてくれて。私たちはカフェスペースでいただくことにした。
「どうしてこの時代にも、今は亡き国の名がついたパンがあるのでしょうね」
「それが固有名詞として存在し、受け継がれてきたからでしょう」
「ということは、いずれフランスという国ができる。それは正しいことでしょうか」
「人の文明というものはいつか元に戻るのでしょう。小さな差はあれど、歴史は繰り返すのだわ」
「錬金術師たちの所為、とも言えるでしょうね」
「えぇ。なるべく干渉しないようにしたとしても。調停は必要です。その中で、史実を伝えるのもまた錬金術の役目」
「その点、私たち神も同じでしょうね」
「ホムンクルスもね」
「うまうま……」
「ふふ。聞いてないわ」
「しかし、錬金術師の立場というのもなかなかどうして危ういものですね」
「えぇ。少なくとも世界の輪から外れたものがこうして生活していけることこそ、奇跡のようなもの。錬金術師の中にはやはり人と干渉を嫌う者も多い。ですが私は……」
「アイリスのため、ですか」
「えぇ。この子にはたくさんの世界を見せてやりたくて」
「そう、ですね。それは少し分かります。この子と遊んだときは、とても楽しかった」
「えぇ」
「ひとつ。聞いても」
「はい」
「なぜ、この子に自分の子を宿してやろうなどと考えるのです」
「……伝わっていますか」
「知っているでしょう。錬金術師は精霊、神の部類には通じています。あなたは送受信が可能なはずです」
「無意識、ということもあります。ということはお師様にも伝わっているのですね」
「でしょう。あなたの師は木の錬金術師、でしたね。会わなくて宜しいので?」
「いずれ、会います」
「なにか手伝えることがあるのならば、私は惜しみません。求めてください」
「あら、またどういう風の吹き回しですか?」
「別に。ただ、この子が望むのであれば私も手伝いたいと思っただけですよ」
「ん! ぐぐぐぐ……」
「ほら、ミルク飲んで。アイリス」
「ぷは。ありがと……ケレス……」
「ふふ。もう」
「しかし、心配なことも多いですね。この子を穢さずに、どうして育ててやれるのか。マリア、あなたは気がかりではないのですか」
「そうですね。そのための、今であり、私であり、あなたですから」
「……あなたも、人が悪い」
「母は娘のためならなんだってしますから」
「時々思います。私も人であってみたかった。神はあまりに概念的ですから」
「そうですね」
「さぁ。あまり長居してもいけませんね」
「そうね」
「アイリス。アリエスさんをこちらへ呼んでくれる?」
「アリエスさーん。レーズンもういっこー」
「あらあら」
「たくさん食べるわねぇ、はい。どうぞ」
「ありがとー。もぐもぐ……あ、えっとね、ケレスがお話があるって」
「あら……なんでしょう」
「おかけになってくださいアリエス。アイリスも、食べるのをやめて見ていて。これはあなたが呼び込んだ奇跡。もたらした恵みですよ」
「んぐ。はぁい」
ケレスは、深呼吸をした。そうするとその手から金色に輝く麦穂があふれ出した。アリエスさんがそれを見て、さわって、匂いを嗅ぐ。
「あぁ。この麦です! これならきっとおいしく仕上がります!」
「そう。では、これを常に得たいと望みますか」
「も、もちろん!」
「それは、どうしてでしょう」
「えっと、私なんかが偉そうなことを言っていいのか分からないんですけど。麦がとれなくなって、思ったことがあります。私たちは、どうしてパンを食べるのか、と……えっと、答えになっていますか?」
「えぇ、続けなさい」
「はい。私たちが毎日口にするもの。お肉は時々、魚も捕れたときだけ。木の実はほんの少し、スープは身体を温めるため。でもパンは違う。当たり前のもの。いつもそこにあって、いつでも食べて、他愛のない。言ってしまえば、私たちが味も気にせずに、ただ食べているものです」
「では、潰えても良いのでは? あなたたちにとって麦は無価値ということでしょう」
「いいえ。だからこそ、大切だと分かりました。小麦が減っても代わりになるパンはありました。しかし、質は落ちます。最近、レパートリーを増やしたのは苦肉の策。私、ブールが一番好きなんです。あれが、一番麦の質が出るの。焼き方も工夫してみましたが、芳しくなく。今まで皆様の食卓にお持ち帰りいただくものが、最近は余ってしまっていたのです。ですから、他愛のないものほど大切なのだなと思いました」
「支離滅裂、ですね」
「あ、ごめんなさい。私、パンを焼くばかりであまり学がなくて」
「だからこそ、愛おしい。自分を責めないでください。私はただ、真意が知りたい。例え 魚や動植物は自然選択の中、求められなくなったものは滅びゆく。それで良いのではないですか?」
「少し、違うと思うんです」
「それはなぜ」
「必要なんです。私も、皆様も。でも、それに固執していては日々を生きられない。だから別の物を求める。でも、やっぱり戻りたいんです。当たり前においしいブールが食べられる食卓に」
「そう」
「答えになっていたかしら……」
「ふふ。だいじょうぶよ、アリエスさん。見て」
ケレスを見ると、涙が流れていた。本当に嬉しそうな、優しい微笑みを浮かべて。深い深い愛。生きとし生けるすべてのものに向けた、慈愛。
それを私は初めて知った。お母さん以外も、こんな表情をするんだ。そして――ケレスを遠く。遠くに感じた。
「……ケレスは、本当に神様なんだね」
「えぇ。ごめんね。アイリス」
「ううん。大丈夫。また遊びに行くから」
「えぇ。いつでもいらっしゃい。私の子らがきっとあなたを誘(いざな)うわ」
「今度は、お休みしながらがいいなぁ」
「ふふ。そうね」
「えっと、私はどうしたら……」
「では、アリエス。啓示を与(あた)うわ」
「え? え?」
「書き留めて。アリエスさん。そして、あなたの子らに継いで」
「は、はい」
「詠め。『わたくしは五穀豊穣を願い【始まりの麦】を収穫に。そして【終わりの麦】を収穫に捧げん』」
「えっと。『わたくしは五穀豊穣を願い【始まりの麦】を収穫に。そして【終わりの麦】を収穫に捧げん』」
「よろしい。その意味は、麦たちの輪廻。すべての生物に恵みとして与えられた生命を還し、そしてまた私が其らへと恵む。何れ至るは大地の終。すべての命は終わり行く。しかし、それまではわが守護が、アリエス。そして其の家族の繁栄を麦穂のように見守るだろう。其ら。慮ることなかれ。ただ施せ。見返りを求むることも赦そう。しかし正当に。営みから外れず。恵みを恵みとして他者に与えよ。これにより、我は豊穣の神とす」
「は、はぁ……」
「おめでとう、ケレス。ぶどう酒はないのかしら」
「主が違っていますよ、マリア。しかし本当に最後まで朗らかですね」
「ふふふ。それほどでも」
「其も、守護しましょう。よくぞ私を救いました」
「これも、役目のひとつですから」
「食えぬ人ですね。して、願いを」
「厚かましいのですが、ひとつだけ。承ってもよろしいでしょうか」
「構いませんよ」
「『冥府の錬金術師』を知っておいでですか」
「力になれずすみません。しかしマリア、マリア・フローレンス。あなたは何を成そうとしているのです」
「良いのです。真名で呼んでいたけた事。嬉しく思います。もう少しだけ、アイリスに付き合ってあげてください。わたくしたちは、席を外します」
「世話になりました」
「こちらこそ。では、アリエスさん。【始まりと終わりの麦】について、詳しくはあちらで」
「は、はい」
✾
「ケレ……ス……?」
金色に輝くケレス。くすんでいた身体は、まぶしいくらいに光っていて。表情も見えなくて。本当に神様なんだ。そう思ったら、なんだか悲しくなってきた。
「あぁ。アイリス。泣かないで。さっき言ったでしょう。私の子らがあなたを……」
「でも、ケレスとはもう会えないんでしょ」
「えぇ。でもね、アイリス。私はあなたとともにあるわ。あなたには、夢があるのでしょう。マリアの子を授かるという夢が」
「う、うん……」
「ならば、豊穣の力は必ず役に立つわ。あなたが増やすことができないのならば、それを私が補いましょう。ひとりですべてを担うことは赦しません。私がそうだったように。あなたも救われなさい。そうして、みなみなの力を借りなさい」
「うん……うん……」
「大丈夫よ。あなたは愛されて産まれてきた子だわ。またね。アイリス」
「うん……またね……ケレス」
最後に抱きしめてもらおうと思ったけど。ケレスは金色の粉になって消えてしまった。私はぺたんとその場に座り込んだ。すごく、悲しい。せっかく友だちになれたと思ったのに。たった一度、遊んだだけかもしれないけれど。私にとって、すごく。すごく嬉しいこと。こんな時に、普通の人間だったら泣けるのかな。涙が出ないことが、こんなにも寂しいなんて思わなかった。
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