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「よっ、直っちゃま。お待たせ。エビ天丼食ったら遅くなっちゃった。直っちゃまは海老の尻尾、食べる派?食べない派?」
京平は僕のことを『直っちゃま』と呼ぶ。僕が台本を書いているという負い目なのか、本当にお坊っちゃまに見えるのか、そのへんは尋ねたことがない。いつからかそう呼ばれている。
「ふん。どうせ8時に店を出たんだろ。普通は8時に間に合うように店を出るもんだ。まあいまさら言っても聞く耳持たないんだろうけど」
「ムフ・・・。で、食べる派?食べない派?」京平はやっぱり時間など気にしていない。
「食べないよ、ガリガリして気持ち悪い」僕は答えた。
「うぇー、だからお坊っちゃまなんだよ、ガリガリじゃなくてカリカリ。香ばしくてうまいのに」
「ってか天丼なんてご馳走だね、どうした?」
「月1回のバイト代、入ったんだもんねー、ほれ、ご褒美じゃ」京平はバックの中から菓子を取り出して僕に放った。
「あはは、ミラクルサンダー、懐かしい駄菓子。50円だよな」
「これでも直っちゃまには感謝しているよ」京平は珍しいことを言った。
バイト代。2人にはバイト代は生命線だ。
鳴かず飛ばずの僕たちは良くても月5000円程度の事務所からのギャラ。到底食べてはいけないので、僕も京平もアルバイトで糊口を凌いでいる。僕はそれでも月13万の収入。1Kの家賃5万を払えば、もう生活に余裕などない。食材は、モヤシと納豆が欠かせない。
親には大学を辞めた背徳感もあって、近頃は連絡さえしていない親不孝者。
京平も似たような境遇だ。親から勘当され、なんとか自活できている程度。
例えて言うなら芸人への道は暗闇が続くトンネルだ。遥か遠くに微かに見える栄光という光を目指して、僕たちは、茫漠とした夜の砂漠を歩んでいるようなものだった。これが2年、3年も続いているから自信も揺らいでしまうのが本音。
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