§1

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 工房街に不穏なざわめきが広がる。何事だろう、とエヴァレットが通りの方を覗こうとしたその瞬間、開け放しておいた裏口から長身の男が中へ飛び込んできた。 「うわっ」  まともに正面からぶつかって、手にしていた紙箱もろとも体勢を崩してしまう。  箱の中身のガラス玉が一斉に宙に飛び散った。そのうちのひとつが壁に架けてあった火箸に当たったと思うと、ぱん、と火薬が炸裂するような音を立てて砕け散る。 「危ない!」  その瞬間、切迫した叫び声と共に視界がさっと暗くなった。 「え」  咄嗟に何が起きたのかわからなかった。  どうやら、目の前の男が長身を屈めて覆い被さってきたらしい。シャツを羽織ったエヴァレットの上半身に長い両腕が回されて、胸元に引き寄せられる。  ガラス玉が次から次へと石造りの床の上に落ちて、かんかんかん、と鋭い音を立てる。 「な、にを」  抱き寄せられた腕の中で、エヴァレットは落ち着かなげに身をよじった。軽く柔らかな上着の生地からは、ほのかに甘い香りがする。 「あ。いきなりすまなかった」
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