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朝早く親父さんが、美崎から頼まれたと紙切れを持って部屋に入ってきた。
『中前寺湖の岬を見に行くね、宮内さんと。帰りは明日にする。先に帰ってて』
僕は美崎に腹が立った。なんてわがままだ。しかも一言も言わずに!僕は一人でバスに乗った。中前寺湖はバス停から歩いてすぐだな…確か。紅葉が綺麗で、湯葉饅頭……微かなイメージが湧いた。
「今、中前寺湖の見晴台にいるよ」LINEが入ってきた。
美崎はこんなにわがままだったのか。
僕は何故か急いでいた。汗を拭こうともせず真っ直ぐ坂道を登る。
見晴らし台では、美崎が楽しそうに宮内さんと話していた。ふと目が会うと、美崎は小走りで走ってきた。
「お父さん ごめんね…あの、」
「今日帰る約束だったんだろう どうして昨日一言も言わないんだよ!」僕はなぜこんなに怒ってるのかわからなかった。
「お父さんLINEも入れたけど見てなかったでしょ!…それに電波が悪いから…メモも書いたでしょ?…私、お父さんとは東京には…帰らない。」
「だからって!何日もいると迷惑かけるだろうが!」
「お父さんなんか嫌い!…どうせアパートで死ぬ気なんでしょ!……」
美崎は…口を滑らせて慌てた様子だった。たちまち顔が真っ赤になっていく。
僕は動転した。図星だったからだ。
「な なにを言うんだ美崎!」どうしていいかわからない。僕は手を振り上げた。振り上げたその手を、宮内さんは掴んだ。
「お父さんのバカ!私がどうして美崎って名前か、知ろうともしないくせに!」
「話をそらすな!…」
「 お母さんは!仕事が済んでから…玄関の前で泣いてから入ってたんだよ。いつも笑顔しか見せなかったけど。お父さんはいつも死にたがってるって!いつも逃げるって!昔のことからも…思い出そうとしないだけだって!」 美崎は声を出して泣き出した。
「…だからって…」
「やめよう。二人とも…」宮内さんは静かに言った。
「とし 美崎ちゃんも苦しいんだよ。わかってくれ。俺で良ければ、何でも話に乗るよ。親友のつもりだよ今でも。」
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