【小野和花】 一九六一年五月十四日

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まだ私が七歳だった頃、私は檜森(ひもり)村と呼ばれる雪国にある小さな村落で母と二人で生活していた。村は伊刈山(いかりやま)と呼ばれる山の麓にあり、名前の通り檜の森に囲まれていた。 父は私がまだ母のお腹の中にいた頃に戦争で徴兵されており、私が産まれた頃には既に亡くなっていた。元々駆け落ちして村に移住してきたこともあり父の写真は一枚もなく、私は父の顔も知らなかった。 いつものように母と二人で過ごしていたある日、先生が村の風習を調べに村へ訪れた。村には()()儀式(ぎしき)と呼ばれる奇妙な儀式が存在しており、村の大人たちは余所者にその儀式について探られるのを嫌って、先生を相手にしなかった。 そんな中、私の母は先生を歓迎して、取材が終わるまでの間家に泊まるように申し出た。 先生は当時から家事が壊滅的で、手伝いという名の迷惑を母に掛けつつ、村のことを調べてまわっていた。次第に私も先生に懐くようになり、先生と母は幼かった私でも分かるほどお互いに想い合うようになっていた。しかし、お互いに亡き父のことや年齢差のことで気が引けてしまい、最後まで相手に想いを伝えることはなかった。 そんなある日の夜中、眠っていた私は先生に無理矢理起こされた。先生は何がなんだか分かっていない私の手を引くと、一緒に村の外へと連れ出した。 連れ出される最中の先生の周囲を警戒する態度に、何か悪いことが起きているのではないかと不安になった私は村の方を振り向いて愕然とした。 村が燃えていた。山の頂上から流れ出る煌々と輝くマグマによって村は覆われていたのである。 先生はこのことを察知して私を助けてくれたのだ。それに気づいた私は、隣で何故か一緒になって愕然としている先生に向かって、母はどうしたのか何故一緒に逃げなかったのかと喚き立てて困らせてしまった。先生は泣き喚く私を抱きしめて、何度も謝っていたのを今でも覚えている。 きっとあの時、母に何かあって助けられる状況じゃなかったのだろう。そうでなければ母のことが好きだった先生が、母を助けないはずがない。そんなこと、当時の混乱した私の思考では分かるはずがなかった。
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