【佐伯紬】 一九五一年十二月二十三日

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そう言う美穂子さんの諦めてしまった顔に一瞬怯むも、それでもやはりと俺は追い縋った。 「和花ちゃんはどうするんですか! あなたがいなくなったらあの子は独りぼっち、次の巫女はあの子になってしまうんですよ?」 美穂子さんは俺の言葉に微笑むと、俺の肩を軽く叩いた。 「儀式の日、前の時と同じなら大人たちはみんな伊刈山に向かうわ。だから紬さん、和花のことはあなたにお任せします。最期のお願いだと思って、どうかよろしくお願いします」 その言葉にとうとう俺は何も言えなくなり、美穂子さんと逃げることを諦めてしまった。 「……分かりました、これまでの恩に報いるためにも、和花ちゃんのことは必ず連れて逃げ切ると誓います」 娘を任せられると安心して微笑む美穂子さんの姿はやはり綺麗で、儚くも美しかった。 和花ちゃんに気づかれないように何事もないように過ごし、やがて儀式の夜が訪れる。俺は村人たちに連れられて山頂へ向かう美穂子さんを隠れて見送ると、和花ちゃんを起こして村の外へと連れ出した。道中、村の人間が近くにいないか警戒するも、何事もなく村から離れることができた。 後ろを確認しようと村の方を向いて愕然とした。 村が火の海と化していた。山の火口から溢れ出たのであろうマグマが村を覆いつくしていたのである。大規模な火災によって夜の森の中だというのに昼間のように明るい。 おそらく儀式に失敗したのだ。儀式をしなければ起こるのは凍波、凍るような極寒が村を襲うはずだ。そして成功したなら何事もなく村は存続するはずである。 気がつくと和花ちゃんが抱きついて泣いていた。 「お母さんはどこ?」 「どうしてお母さんは一緒じゃないの?」 「なんでお母さんは助けなかったの?」 和花ちゃんの言葉の一つ一つが胸に突き刺さった。成功もしない儀式のために美穂子さんは犠牲になったのか。自分が身代わりになるでもいい、もっと別の、美穂子さんも助けられる方法はなかったのか。どうしようもない後悔が襲ってくる。 俺から和花ちゃんにしてあげられることは、抱きしめて何度も繰り返し謝ることだけだった。 不意に美穂子さんの言葉を思い出す。そうだ、俺は和花ちゃんを連れて逃げなければならない。村があの調子では村人も無事ではないだろうから追っては来ないだろうが、火は森を焼きながら押し寄せて来ている。 俺は泣き疲れて寝てしまった和花ちゃんを抱え、必死でこの地獄から逃げ去るのだった……
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