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「というわけで、フェリクスも頑張って。さっさと私達の平穏な日常を取り戻してちょーだい」
「はいはい女王サマ」
まあ、彼女も彼女なりに期待してくれているのだろう。素振りを続けようとしたフェリクスは、そこでふとあることに気づいて動きを止めた。
光を喰う悪魔がいる、というのは既に皆の周知の事実である。悪魔がどんな街も森も関係なく光を喰っていくので、仲が悪かった多くの町々も結託して悪魔への対応を余技なくされているということも。それでも悪魔の“封じ込め”がうまくいかず、じわじわ被害が広がり続けていることも。だが。
悪魔はいつも、闇の中からやってくる。明かりで照らそうとしても、悪魔は光を喰うのでその姿を一切見ることはできないはずなのだ。それなのに、何故人々は悪魔が“悪魔”であるとわかったのだろう?
フェリクスがその疑問を口にすると、アンナは呆れたように告げた。
「そりゃ当然、帝国政府が最初に悪魔を“悪魔”と呼んだからに決まってるじゃない。太陽の光も、人工の光も関係なく喰って人々に迷惑をかける存在。そんなの、悪魔って呼ばれても仕方ないでしょ」
「じゃあ、誰もその姿を見たことがある奴はいないんだな?」
「じゃない?一説によれば、元人間じゃないかって噂もあるみたいだけどね。邪神と契約して悪魔になったとかなんとか……あ」
唐突にアンナの言葉が途切れた。道路の方から、アンナー!と呼ぶ声が聞こえてきたからである。見れば塀の向こうから、三人の少女が手を振っていた。アンナと同じ、ベージュの制服を着ている。アンナの友人であるエルゼ、ケーテ、レオノーラの三人だった。一緒に学校に行くべく、アンナを迎えに来たのだろう。この家は、彼女達の通学路の途中にあるのだ。
エルゼとケーテの二人は、アンナの小学校時代からの友人である。レオノーラは、中学校に入ってから仲良くなった友人だそうだ。正直、フェリクスとしては意外だったのである。レオノーラは黒髪の少女だ。アンナは昔から黒髪の人間を“悪魔の髪の毛みたい”と嫌っていたからだ。恐らく両親が、そのテの宗教を信じている影響だろう。
「お前、よくレオノーラと仲良しになったよな」
思わずフェリクスが口を開くと、まあ黒髪はちょっとね、とアンナは苦笑いして切株から立ち上がった。
「でもまあ、気が合ったのよ。私達みーんな、工場の作業大嫌いなんだもの。人間、嫌いなものが一致すると仲良しになったりするもんでしょ?愚痴を言い合うとすっきりするし」
「そういうもんか」
「そういうもんなの。じゃ、私学校に行くから」
「はいはい、行ってらっしゃいアンナ様ー」
彼女の金髪が、キラキラと太陽の光を浴びながら遠ざかっていくのを見つつ。フェリクスは、素振りを再開したのだった。
旅立つ予定日はもう、決まっている。今日の伯父さんとの訓練で合格を貰ったら、そのまま旅立ちの準備に入ることになっていた。今までの評価からして、多分GOサインは出して貰えることだろう。
目指すは暗闇に閉ざされた最初の街、ローレタウン。
その街こそ、“悪魔”の根城であるとされている。
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