悪魔は誰だ

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 ***  何故、こんな悪魔に人々は苦労させられたのやら。フェリクスがそう思うほど、悪魔の討伐はあっさりと終わったのだった。恐らく、運の要素も大きかったのだろう。たまたま、悪魔が駅からさほど遠くない位置にいて、たまたまフェリクスがその足音を正確に聞き取ることができた、それだけに過ぎない。悪魔はどうやら、どこかの店に残されていた食材を盗み喰いしている真っ最中だったらしく、足音を殺して近づくフェリクスにすぐ気づかなかったというのも大きいだろう。純粋な追いかけっこになれば、鍛えたフェリクスの足に叶う人間など誰もいないのだ。 「殺す前に、教えろ!お前は誰だ、何故こんなことをした!」  暗闇の中、仰向けに倒した悪魔の上に馬乗りになって叫ぶと。明らかに人の形をしている悪魔は、けたけたと笑いながら言ったのである。 「どうしてだと?何故だと?お前、お前ら、本当に何も気づいてないんだなぁ!それとも考える必要もないってのか、ああ酷い話だ!」 「何だ、何を言っている!?」 「こういうことだよ」  彼はそっと、フェリクスの手を自分の顔の方に持っていった。指先が、掌が妙にごつごつした岩のような肌の感触を知る。はれぼったい瞼、豚のように上向いた鼻、分厚い唇、ボコボコでざらざらの肌、あちこち髪の毛がはげた頭――。 「醜いんだよ、俺は。この世界の誰よりも。生まれた時から俺はそうだった。普通の人間だったはずなのによ」  罅割れた声で、悪魔――否、一人の少年は告げたのである。 「生まれつき肌の色が灰色でよ、顔が潰れたみたいな顔立ちで、左右非対称な目でよ。それだけだってのに、みんな俺の姿が気持ち悪いって石を投げるんだ。実の親でさえ俺をいじめるんだ。おかげで俺の顔や肌はぼこぼこのたんこぶだらけ。髪の毛もむしられてみーんなハゲちまって、ただでさえ醜い姿がさらにひどくなってよ。だから願ったんだ。みんなに俺の姿が見えなくなればいい、そうしたらもう誰も苛められなくなるはずだって」  そしたら、助けてくれたんだ、と彼は笑った。 「誰かはわからねえ。邪神ってやつなのかもしれねえ。でも俺はそれでも良かった。俺にこの力をくれたカミサマってやつに感謝したんだ。この真っ暗闇の中でも、俺だけは何もかもが見えてる。俺の姿は誰にも見えないから、もう化け物呼ばわりもされないし石も投げられない!この闇の中だけが俺の世界だ、此処だけが俺が平穏で言われるたった一つの居場所なんだ!」 「だ、だからって!こんな風に、光を奪っていったら……!」 「迷惑か?理不尽か?そのためにはお前一人犠牲になればそれでいいってか!?そうだよなあ、それが世界ってもんだ、人間ってもんだ。たった一人に石を投げつけることでみんな仲良しこよしできる、そういうもんだよなあ。それで平和とか呼ぶんだからよ、反吐が出るぜ!」 「だ、黙れ!」  悪魔。そう呼ばれた少年の話に、フェリクスは少なからず動揺したのである。きちんと考えたこともなかったからだ。何故、悪魔は悪魔になったのか。そして、この世界が現状どういう状況で、どんな思惑で回っているのかなんてことなど。  ただお金がほしかった。名誉がほしかった。元の生活を取り戻し開かった、それだけだ。  自分のことしか考えていなかった。――それが、皆のためにもなるはずだと、そう自分に言い聞かせて誤魔化しながら。 「お前もいずれ、思い知るよ」  剣を振り下ろす直前、悪魔は告げたのだ。 「その時、お前の耳元でこっそり囁いてやる。……悪魔は誰だ?ってな」
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