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イケメン保護法案を作りたい
「ユウナ、本当にそなたが行くのか?」
謁見の間で、お父様である国王陛下がそう尋ねる。
私は騎士の白い正装を纏い、出陣の挨拶に訪れていた。
「はい、お父様。必ず、鉱山に巣食う魔物を討伐してきますわ」
これから向かうのは、国境近くにあるダイヤモンド鉱山。とにかく宝石がわんさか採れるこの鉱山だが、魔女の仕掛けた罠によって魔物が無限に湧いてくる。
しかも、山に入ったら方向感覚を狂わせる魔術まで仕込んであるから、入ったら最後戻って来られなくなる可能性も。
誰よ、そんな何重にも罠を張ったのは!
って私よ!!
どうもすみませんでしたぁ!!
まさかもう一度同じ世界に転生してくるなんて、思いもしなかった。だからあんな強力な罠を……!
私は騎士団の副官として、部隊を率いて鉱山へ向かう。王女が行くの?って、行くのよ。自ら志願したんだもの。
魔女だった頃のしりぬぐいは、自分でやらなければ。今世で幸せになれるかもかかっているしね!
「本当に行くのか?」
「もちろんです」
「そうか。では、そなたの騎士たちのほかに、優秀な魔導士をつける。彼らと協力し、無事に戻ってくるように」
心配そうなお父様は、私の腕を信頼してはいるが行かせたくはないという本音が透けてみえる。ちなみに双子の弟妹はいるけれど、彼らは戦闘職ではないので自宅待機ならぬお城待機である。
「それでは、行ってまいります!」
安心させるように微笑んだ私は、お父様が選んだという魔導士たちに挨拶をした。
「第一王女のユウナリュウムです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「…………こちらこそ」
目の前にいる魔導士は五人。この国で実力を保証された、宮廷魔導士たちだ。
このそっけない返事をした男は、人嫌いで魔術狂いという噂のディークバルド。現在二十五歳、稀代の天才魔導士として実力だけは折り紙付き。
七歳で宮廷魔導士になり、これまで数々の功績を残している。
近くで見ると、海の底のような蒼い髪に、黒い瞳。
抜けるように白い肌はちょっと病的だけれど、それでもすさまじく美しい男だった。
冷たそうな印象が、侍女や使用人にはクールでかっこいいと評判。はっきり言って、私のドストライクだわ。そっけないところもまたツボ。
何なの?
誰なの、こんな美青年を危険な場所へ送り込もうとしているのは。私のお父様だわ。
彼を危険に晒したくない。王家に伝わる護りの魔法をこっそりかけてしまった。
「これでよし」
「……」
ニコニコと微笑みを絶やさない私を、理解できないという風に見つめるディークバルド。しかめっ面まで絵になるなぁ。
あ、この仕事が終わったらイケメン保護法案でも作ろうかな!?
立派な慈善事業といえなくもない。
私は会話の続かないディークバルドを見て、用件だけを伝えた。
「陛下の依頼では断れないでしょう。けれど、危険だと思ったら引いてくださいね?」
一応忠告はしておく。
イケメンは保護すると決めているから!
私の言葉に、ディークバルドはふんと鼻で笑った。
「では、危なくなったら姫君を置いて逃げてもいいと?」
「おいっ!」
この発言に慌てたのは周囲の魔導士だ。はい、不敬罪ですよ~。私が最初の魔女のままだったら、怒りに任せて滅していたかも。
でも許します。生意気な子は嫌いじゃないわ。
私はにっこり笑って言った。
「構わないわよ。危なくなったら逃げてちょうだい」
「は?」
彼は驚いて目を瞬かせた。私が怒って拗ねるとでも思っていたのかしら。
「私は守られるほど弱くないもの」
まぁ、実際問題、強すぎてモテないくらいには強い。容姿チートなのにモテないくらい強い。だから、イケメンが助かるなら生け贄にでもなりましょう。
それに、罠を仕掛けた張本人ですから!これはおおっぴらに言えないけれど……。
「イケメンには、生きてもらいたいの。けがをすることは許しません」
きりっとした顔で言ってみた。通訳すると「そのきれいな顔に、傷はつくらないでね?」である。
「…………」
まっすぐに目を見て訴えれば、ディークバルドは眉間にしわを寄せつつも反抗しなかった。
満足した私は、後で合流しようと言って自分の部隊へ戻る。
さぁ、ちゃっちゃと鉱山を片付けて、過去の清算をするわよ!!
私は意気込んで出動した。
まさか、魔導士部隊に置いてけぼりをくらうとも思わずに。
***
その日、野営をして鉱山へ突入するはずだった。
けれど、魔導士五人が勝手に先に鉱山へ向かい、私たちは置いてけぼりをくってしまった。
「何で!?」
ひどくない?!私、王女なんですけれど?!置いて行くのはさすがにひどくない!?
剣を地面に突き立てて腹を立てていると、補佐官のイスキリが笑った。
黒髪をひとつに結んだ柔和な笑顔のこの彼は、「王女のお世話役」と呼ばれる二十七歳。教育係兼保護者みたいなものである。
「あれですよね~、多分、陛下が命令なさったんでしょう。ユウナ様にけがさせないために、できるなら魔導士団でがんばれって」
笑っている場合か。
「はぁ!?お父様でもそんなの許せないわ!」
ディークバルドがケガしたらどうしてくれるんだ。
魔女の罠、舐めてんの?五百年も踏破されなかった鉱山のすごさ、舐めてるの!?
「まったく、イケメンの命を何だと……!」
私は急いで部隊を率いて、鉱山へと向かった。その途中、馬で並走したイスキリがディークバルドについて話す。
「ディークの任務遂行能力は高いですよ。ケガなんてしないと思います」
「彼の部下は?」
「……よくて全治一か月?」
ダメでしょうそれ。仲間の命を大事にしないと、いずれしっぺ返しが来るのよ?部下に恋人を寝取られたりとか、従順な使用人のふりして彼氏に近づいて寝取られたりとか。
経験者として、仲間や部下は大事にって教えてあげたい。
「だいたいあの人、随分と皮肉屋で性格がねじ曲がっているような目をしていたけれど」
七歳で宮廷魔導士になったエリートなんだから、人生順風満帆ではないのだろうか。
しかしイスキリが語ったディークバルドの過去は、とてもつらいものだった。
「彼は宮廷魔導士になる前から、無尽蔵にある魔力で周囲を傷つけて怖がられていました。親ですら、彼を売るように宮廷魔導士に推薦したんです。そして大金を手にした親は、ディークバルドがいよいよ城へ向かうという前日に強盗に襲われて一家皆殺しに……」
それは、支度金を狙った強盗ってことか。
残酷な話に、思わず眉根を寄せる。
「ディークバルドは、たまたま書類を提出しに行っていて不在だったのです。彼を家まで送った騎士が、凄惨な現場を見て吐き気に襲われたと話していました」
「それほど残酷なものを見てしまったのね」
「しかも息絶える寸前の兄は、ディークバルドに向かっておまえのせいだと恨み言を」
「何それ!かわいそうすぎるじゃない!!」
家族はいても孤独だったのか。誰も自分を愛してくれないつらさは、さぞ身に染みたことだろう。そりゃ性格歪むわ。
「そういうわけで、ディークバルドは才能はあれど人格が伴わない感じで今に至っています。戦い方もまるで自殺行為のようで……でも」
「死ねない、のね。強すぎて」
今まで彼はどんな想いで、魔物討伐に駆り出されてきたんだろう。死に場所を求め、でも死ねなくて。
少し青白い、神秘的な美しい顔が思い出される。
おいしいものを食べさて、慰めてあげたいわ。一生、養ってあげたい。
あぁ、いけない。これは私の悪い癖。
美形が好きで、両想いでも何でもないのに甘やかしてしまう。
性格のゆがみや趣味の悪さは、5回死んだくらいじゃ治らないのよ。これは魔導士学会に発表したい案件だわ。私以外に転生について理解できる人がいなさそうなのが残念。
「薄幸の美青年って、何だか物語の中の人みたいね」
「言われてみればそうかもしれませんね」
私の言葉に、イスキリが苦笑する。もしこれが物語なら、とんだ不幸キャラである。哀れディークバルド。
しかしそう思った瞬間、私の頭がズキリと痛んだ。
「ん?」
私ったら何か大事なことを忘れているような。
集中して記憶をたどると、突然にディークバルドの声が脳に響いた。
『サリアのために、この命を使いたい』
『あぁっ……!ディーク様……!』
聞いたことのある女性の声も。
「これ、なんだっけ」
血塗れで倒れているディークバルドのそばに、ドレス姿の女性が膝をついてその手を握っている。
「う……!」
またもや頭痛がした。
馬を走らせながら、右のこみかみを押さえた私を見てイスキリが尋ねる。
「どうしました?」
「な、なんでもない。大丈夫……」
私はここでようやく思い出したのだ。
ディークバルドは、前世でプレイしていた乙女ゲームのキャラクター。
「ヤンデレ宮廷魔導士!」
そうだ。
あの整った顔。こちらを嘲笑うように口角を上げる表情。
作り物のように完璧なスタイル。サラッサラの青い髪。
間違いない、ディークバルドは私がプレイしていた乙女ゲーのキャラだ!
あれ?
あのゲームのヒロインって、サリアって確かお姫様だよね。
ん?
ん???
サリアは、うちの妹じゃないのよぉぉぉぉぉぉ!!!!!
「なんていうことなの……!?」
「ユウナ様!?」
「急ぐわよ!!」
馬の腹を蹴り、おもいっきり走らせる。
「やばいやばいやばい」
攻略対象が何人かいたような気がするけれど、多分ディークバルドもそう!妹の結婚相手候補じゃないのよー!
ってことは、私の未来の義弟!?
かわいい妹と美しい義弟、そして生まれてくる姪・甥も必然的にかわいい。
なんていうことなの!
そんな未来ってすばらしいわ!!
あぁ、でもここでディークバルドが死んでしまえば未来が変わってしまう!!
鬱ゲーモードがけっこう濃かった気がするもの、彼が妹に会う前に死んでしまうことだってあり得るわ!
「絶対に死なせないわ……!!」
鉱山のラスボスは、アンデッドドラゴンなのよ!
眉間にある魔石を破壊しない限り、焼こうが斬ろうが復活してしまう強敵。骨は魔法道具の素材に使えて、しかもそれは魔法道具オタクの妹の一番欲しがっているものよ!
きっとドラゴンを倒して、ディークバルドと妹はお近づきになるんだ!
いやぁぁぁ!でもその前にミスッて死んだら元も子もない!
待っていて、ディークバルド!私が絶対に助けてみせるわ!
こうして私は全力で彼の元へ急いだ。
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