1章

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 一人暮らしをしている母に頼まれたものを買って届けに行ったら、次のようなことを言われた。 「なんであんたって子は言われたものを買って来ることもできないんだろうねぇ。あたしはダブルを頼んだはずだよ。売ってなかった? そんなのあんたの探し方が悪いんだよ。神社の狛犬に阿吽が揃ってるように、トイレットペーパーもシングルとダブルどちらも揃っているのが当り前さ。あたしがダブルダブルって煩く言ってるのは、シングルだと工場でクルクル巻く手間がダブルの倍かかるからなんだよ。限りある石油を、無駄なクルクルのために使ったらもったいないだろ。テレビでそんなことを言ってたから、このところダブルしか使わないようにしてるんだ。あたしのお尻なんかのためにあんたら孫子の代が苦労するなんて耐えられないからねぇ。シングルの方が紙を使う量が少なくて済むとか言ってる人もいるけど、結局束ねて使うんだから使用量は同じさ。 宣子(のぶこ)さんはね、こういう分からない時にはすぐに聞いてくるんだよ。『お義母さん、お饅頭は3個入りがいいですか、4個入りがいいですか』って。まぁ、そんなものはうちの神棚の数を考えたらすぐに分かりそうなものだけれどね。それでも適当にそれらしい物を買ってきてお茶を濁そうとするあんたより、よっぽどマシってもんさ。 いいから早く領収書をお出しよ。え? 自宅の分と別にしてない? そういう時は別にレジを打ってくださいって頼まなきゃ。近頃は税金も8%と10%があるんだよ。お偉いさんが自分の支持率落としたくないからってややこしいことしてくれてねぇ。まぁ、258円の飴玉に8%、298円のトイレットペーパー2つに10%加えた値段をあんたがちゃちゃっと計算できるっていうなら領収書がごちゃ混ぜでも構わないんだけど。でもそんな器用な事は、ソロバン苦手なあんたにゃ、どうせできやしないだろ」  これが御年84才の台詞なのだから恐れ入る。  よくもまぁ、こんなに次から次へと言いたい放題に言葉が出てくるものだ。
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