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「何も案ずることはないぞ、巴。おぬしには、我ら二匹の妖狐がついておる」
「おまえを傷つける者は、誰であろうと排除してやる。だから、おまえの願いを聞かせてくれ」
おふたりの心強いお言葉を聞いて、私はぐっと拳を作って握りしめた。
先ほど旦那様に痛めつけられた身体が、ぎしぎしと痛む。身体だけではない、この家に嫁いできてからぶつけられてきたありとあらゆる罵詈雑言が、私の心をも蝕んでいた。
憎い。
生涯をかけて尽くすと誓ったはずの旦那様に、私は露ほどの愛情も持てなかった。
卑しい生まれだと難癖をつけ、私だけでなく家族までをも虚仮にする義母も、口さがない屋敷の者たちも、この家の皆が憎くて仕方がない。
自分がこれほど負の感情を持っていたことに驚く。しかし、私をここまで苦しめてきた者たちから逃げる術が、目の前にあるのだ。
二体の像を前に口を開くと、自然と一つの願いがこぼれ出た。
「──助けて、ください。お狐様、どうか私を、狐森家から救い出してください……!」
必死で叫んだその瞬間、辺りに一瞬閃光が走った。
その眩しさに思わず目を瞑ったが、光はすぐに消え去った。しかし、目を開けたその先には、つい先ほどまでそこに鎮座していたお狐様の像が跡形も無く消えていた。
「は、白磁様、黒曜様っ! どちらに……!?」
「はは、焦らずともよいぞ、巴。我らはちゃんとここにおる」
背後から白磁様のお声が聞こえて、私は安堵して振り向く。だが、そこにいたのは見慣れた狐の像ではなく、じっとこちらを見つめる二人の男だけだった。
「え……ま、まさか」
「この姿になるのは久方ぶりじゃのう。おお、黒いの。相も変わらずおぬしは真っ黒けで面白みがない」
「そう言うおまえはどうなんだ。白すぎてこっちの目が疲れる」
それは、いつも私を優しく労ってくださる二つの声と同じものだった。そして、それを証明するかのように、二人の頭には毛に覆われた三角形の獣耳がしっかりと付いている。
二人の男は何度も目を瞬かせる私に近付き、片方ずつ手を取りその甲に口づけた。
「望みどおり、おまえをこの家から救い出してやる」
「だから、我らの願いも聞き届けてくれ。なに、悪いようにはしない」
驚きのあまり身体が硬直している。しかし、手の甲に触れた二人の唇の感触だけはやけに鮮やかで、それがとても甘美なものに思えた。
「ね、ねがい……? 白磁様と、黒曜様の?」
「ああ、そうだ。我らの願いはただ一つ」
二人の声が、ぴったりと重なった。
私の手を取る美しき妖狐は、淡く微笑みながら仰せになる。
「巴。我らの、花嫁御となってくれ」
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