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タチアオイの咲くころ
「このお花の名前知ってる?」指さした庭先の花に絵美ちゃんは首を傾げた。
「立葵って言うのよ」
「たちあおい?」
そのとき左折をしてきた大型トラックが風を巻いて前を過ぎた。
「うん、気をつけて行ってらっしゃい」右手を上げて信号を渡る絵美ちゃんの背中を見送った。
「ここでよかったんだよね」事故の瞬間など優華には見せられないが、ここだ。
「さっきのトラックだ」
「抱きしめたかった」唇を震わすその肩をひとつ叩いた。
「沖田たちの了解がでたら解体するからな」マシンのルーフを叩いた。
「うん」
「いや、了解が出なくても俺が生きているうちに必ず壊す」
とそのとき、優華のスマホが着信音を鳴らした。
「ちょうど良かった! 六時に会おう、彩未ちゃんも来るよ。ん? 彼氏?」優華がチラリとこっちを見た。
「内緒、絵美ちゃんは?」
弾けるような娘の声を聞きながら、タイムマシンを撫でた。最後の役目は完了だ。
人類は火を使うようになった地上で唯一の生き物だ。海を渡りたいと思った。空を飛びたいと願った。けれど先駆者たちが追い求めたものとは異質のものを手にしてしまった。
かつて人類が起こした愚かしい行為を振り返ってみれば、このマシンは存在すべきものではないと思った。時として生み出す恐ろしいものは、人間をあらぬ方向へ駆り立てたから。
世界がもしも優しさに包まれる日が来るとしたら、それは人類が創り出した何かの力ではなく、人間が本来持ち合わせていたものの作用だろう。
二年後東京はどうなるのかと不安も湧くけれど、沖田がなんとかしてくれるだろう。
「お父さんありがとう」
「いや、お前があの子を忘れず思っていたから現実が飛び込んできた。過去を変えるとはきっとそういうことだ。お前の後ろ姿を胸が潰れる思いで追いかけた日を」
二の腕を掴んだ手をそっと叩いた。
「俺は忘れないだろう」
─fin─
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