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十一年前の記憶
記憶の統合については謎のまま残っている。それがなければ、優華は十一年の時を超えて当惑することになるからだ。俺の住む世界に優華が戻ってきたのは去年のことなのだから。
「謎だったか」
「うん。お父さんが帰ってきたから聞いてみたの、声をかけられた時お父さんの匂いがしたから。答えは整髪料だった」
「で、なにか話したのか?」
「ううん、そんなはずはないから黙ってた。お父さんは仕事だし」
「声を出したのはお前だ。いきなり振り向いて、もう家だからねって怒ったように防犯ブザーを突き出した。その凛々しい眉を寄せてさ」ふたりで見合ってちょっと笑った。
「尾行失敗だったか」
「そりゃそうよ、サングラスにマスクなんて怪しすぎるもん。通りにはウィンドウだってあるんだから。でもなぜだったの?」
夫婦の歩んだ苦悩の日々など語りたくはなかったが、今さら隠すことでもない。
「行方不明だよ。捜索も行われたけど見つからなかった」
「え⁉ あたしいなくなったの? もしかして誘拐?」
「それは分からない。少なくとも身代金の要求はなかった。お前がいなくなって母さんはちょっぴり精神を病んだ。父さんたちは日常を失った。お前を救うために始めたわけではなかったけれど、使えるかもしれないと研究に没頭した」
「そうだったんだ。でも不思議、だってあたしずっと生きてきたよ」
「それは俺も考えたんだが、いま答えは出ない。未完成のマシンだったから失敗もたくさんした」
なに? と言いたげに眉を上げた。
「行き先の時間設定だ。これが一番困難を極めた」
あッと娘が口元に手を当てた。
「小学校に入学したころだったかな、イジメてた男の子をいきなり路上でビンタした人がいたの……サングラスにマスク姿の」
「大人げなかった」
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