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メモ 二十年前
「湯本さん」
記憶を探るまでもなく、女性の顔には見覚えがあった。服装も含め、その姿は変わっていないように見えた。
「以前にも」
「はい、十年ほど前に。あのときのメモはお持ちですか?」
「捨てたおぼえはないので探せば出てくると思いますけど」
「日時は覚えていますか?」
「いえ、そこまでは」
「それでは意味がありません!」
思わぬ剣幕に面食らった。
「ごめんなさい、せめて住所だけでも覚えていてください」
「あ、はい。でも、なぜあなたは」
「全く変わらないのか、ですか?」
俺は頷いたけれど答えはなかった。
「研究は進んでいますか?」
「まるで知っていそうな口ぶりですね」
平静を装ったが、鼓動の高まりは抑えきれない。この人は未来から来たのではないのか。
「はい、知っています」さらりと返ってきた答えに言葉が出ない。
「湯本さん、お子さんは?」
「来月の予定です」
「男の子か女の子かは?」
「いえ、知ると楽しみがなくなるので」
「楽しみを奪って申しわけありませんが、女のお子さんです。これが当たるかどうかの楽しみは残るはずです」
「あなた……未来から来たんですか」馬鹿らしいが思い切って質問をしてみた。
「ごめんなさい、いずれ分かるときがくるかもしれませんけど」
否定はしなかった。僕の二の腕をぎゅっと掴んだ女性はメモを差し出した。
「十年前と同じ内容です。今日は」手首をひねって腕時計に目を落とした。細身の彼女には似つかわしくない男物のパイロットウォッチだった。
「今日は少し時間があります。話をさせてくれませんか」
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