2人が本棚に入れています
本棚に追加
紫のカーネーション
五月。暖かい陽気になったとある日、紫のカーネーションをたずさえやって来た女がいた。
女は、母の若い頃にそっくりだった。だが、見知らぬ女だ。何故、俺の家に来る?
ピンポーンと玄関チャイムが鳴ったとき、宅配の荷物が届いたと思った。だから、誰が来たか確認せずにドアを勢いよく開けたのだ。
その時、いつもの宅配にいちゃんではなく、女が立っていた。
「こんにちは」
「はあ」
「上がってもいいかしら」
「お前は、誰だ。俺は、お前を知らん」
「まぁ。お前だなんて。わたしを忘れたの?」
「忘れるもなにも、お前なんかとあったことはないぞ」
「そのうち、思い出すから。上がるわよ」
女は、俺を無視してズカズカと家に上がってきた。俺は、一軒家に一人で暮らす男寡婦だった。妻だった女は、他に男を作り数年前に出て行った。正式に離婚しようとした矢先に元妻は、男といっしょに交通事故で呆気なく死んでしまった。
虚しい、というより情けなかった。一度は、愛し、永遠を誓った相手が不倫の果て、命まで果たしてしまうとは。
ありきたりの結末とも言える。きっとばちが当たったに違いない、なんて当時は思ったものだった。
俺の感情は、もう女には向かなくなった。というか、人間そのものに対して愛情を持たなくなった。別にそれでなんら不自由を感じなかったからだ。
それから、避けたというより自然と女という生き物とは接しないで生きて来た。
女は、会ったことがあると言ったが本当に記憶になかった。少なくとも、この数年間は。
若い頃の母は、紫が似合う女性だったようだ。だが俺は母を知らない。母は、俺を産んで数年後、病気で亡くなったと聞いている。俺が、2歳か3歳頃だったのだろう。物心がついてなかったから、母の記憶がないのだ。ただ、なんとなく甘い花のような香りが懐かしく感じるときがあった。この香りがもしかしたら母の香りだったのかもしれない。そう、思う事があっても、確かに母の香りだと言う確信はない。
なにせ、赤ちゃんに毛が生えたくらいの歳だったからな。
最初のコメントを投稿しよう!