女優月島緑子の臨終

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 次の日、俺と堤さんは元山さんに会いに行くことにした。日比谷にある劇場で待ち合わせだ。  緑子さんの葬儀は三日後に決まったので、葬儀の準備を考えるとあまり時間がない。 「隼人くんはさ、どうやって元山さんに会ったの?」 「公演に連れて行かれたんですよね。父の前に付き合った元カレよって」 「それはなんというか微妙だね」  堤さんの言葉に頷く。実際、元カレよと紹介されたところで反応に困った。  元山さんと緑子さんは昔、同じ劇団にいたらしい。  元山さんは今は劇団で脚本家になっているそうで、あらかじめ要件を伝えると借りていたものに心当たりがあると言った。  待ち合わせに現れた元山さんは眉間にしわを寄せて、俺の肩を強くバンと叩いた。 「緑子のこと、お気の毒だったね。息子くんも気を落とさないように」 「はあ、ありがとうございます」  大して思い出があるわけではないので心苦しいが、とりあえず神妙な顔をして見せる。  それから元山さんは鞄から本を取り出した。 『虚数の神秘』  数学の参考書のようだった。  俺が受け取った小説と同様、サインが書かれている。 「緑子はいい女だったよ。掴みどころのないところが良かった。これも、今考えたら何の意味があったんだろうな」  元山さんも一年ほど前に緑子さんからこの参考書を預かって欲しいと言われたという。 「数学なんて絶対勉強しなさそうですけどねえ」 「そういえば昔、緑子のやつ台本の漢字が読めないとか言って、若手に全部ルビ振らせてたよ」 「最近もそうでしたよ」  大人の男二人は、はははと笑った。  それから俺たちは少しだけ緑子さんの思い出話(といってもそんなにはない)をして、別れた。元山さんは葬儀に来てくれるという。  堤さんと二人で地下鉄の駅に戻って、俺はふと気付いた。 「これはひょっとすると緑子さんの終活だったのかもしれないですね」 「え?」 「父はどうか分からないけど、比較的皆、最近になって緑子さんから物を渡されているから」  堤さんは少し遠い目をして、「ああ、そうかもね」と呟いた。  ♢  棺桶行きリストの最後の一人は、緑子さんとは別の芸能事務所の専務だった。 「堤さん、よくアポ取れましたね……」 「まあ、葬祭に関わることだからね。それに先方もなにか心当たりがあるようだったよ」  大きなビルをあんぐりと口を開けて見上げていると、堤さんが苦笑した。  俺たちは高層階の応接室に案内された。皮張りのソファに座ると独特の音が鳴り、少し嫌だ。  しばらく待たされ、入ってきた加藤専務は小さな老人だった。俺のことを知っていたようで、お悔やみの言葉をもらう。俺は元山さんの時と同様に頭を下げた。 「緑子はわがままだからね、君も苦労したろう」  加藤専務が堤さんを労ると、堤さんは「いえ」と下を向いた。 「最後の最後まで周りを振り回すのはあの娘らしいといえばらしいが。はい、おそらく緑子が言っていたのはこれだろう」  加藤さんから手渡されたものを見て、俺も堤さんも疑問符が頭に浮かんだ。  それは、可愛らしい女の子のフィギュアだったからだ。 「これは……」 「私にも分からん。少し前に送りつけられてきた」  胸の強調されたそのフィギュアが『皆川ラピ』というキャラクターであることを俺は知っている。  しかし、緑子さんはなぜこれを? 意味が分からない。  堤さんと二人で困惑していると、加藤専務はソファに深く腰掛け直した。 「ま、変わった女だったからね。あいつ、グラマラスな女が持てはやされたときには痩せて、細身体型が流行ったときには豊胸して、天の邪鬼だったんだよ、あはは」  緑子さんが豊胸していたことを知らなかった。隣の堤さんを見ると気まずげな表情だ。  ひょっとすると加藤専務も元カレなのかも。  それから加藤専務とも少しだけ思い出話をして、芸能事務所を出た。
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