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その知らせが来たのは学校からの帰り道だった。
俺は帰ってゲームをしようと思っていたのだが、その知らせを受けて家には帰らず、まっすぐに指定された病院に向かった。
「隼人くん、だね。一足遅かった。申し訳ない」
病室に入ると、緑子さんが横たわっていた。記憶にある姿よりもずっと痩せている。
一足遅かった、ということは俺は臨終に間に合わなかったということだろう。
緑子さんのベッドの横で、男性が立ち上がって頭を下げた。連絡をくれた人のようだ。俺と父のあいだくらいの年代に見える。
寝ていないのか、顔が土気色だ。
「あ、はい。隼人です。連絡ありがとうございます。むしろ遅くなってすみません」
土気色の男はまた頭を下げ、懐から名刺を差し出した。眠るような緑子さんの真上でそれを受け取る。
名刺には緑子さんの所属する芸能事務所と、堤輝彦という名前。肩書きはマネージャーだった。
目の前の堤さんはマネージャーというが、なんだか業界人らしさが薄い。普通のサラリーマンみたいだ。白いものがほんの少し混じった髪は短髪で、中肉中背の姿はとても普通だ。
「あの、緑子さん病気だったんですか? もう五、六年、連絡を取ってなくて」
堤さんは一瞬驚いたような顔をすると、すぐに緑子さんを見つめた。慈しむような目。
「……そうだね。ずっと伝えるなって言われてたんだけど、いよいよってときに急にいろいろ頼まれて。お父さんは?」
「海外出張中なんです。連絡はしたので、急いで帰ってきます」
「そうか……」
緑子さんは一応、俺の母だ。
若いときはそれなりに映画に出ていたようだが、今はほとんど名を知られていない。
結婚したのは一度。俺の父とだけだ。
「隼人くん、この後なんだけど……」
「ああはい、お葬式とかってどうしたらいいですか。全然分からなくて」
緑子さんには身内と呼べる人がいなかったはずだ。別れた父と俺が一番近いだろう。
しかし堤さんは首を横に振った。
「いや、葬儀とかは事務所が手配するから気にしなくていい。それよりもちょっと心当たりがあれば教えて欲しくて」
「はい?」
困ったような顔の堤さんは、近くの机に置いていたくしゃくしゃの紙を渡してきた。
それに目を通したものの理解できず、俺は二度読んだ。
『この人たちに貸しているもの、預けているものがあります。
・堤輝彦
・及川隼人
・及川春樹
・元山茂
・加藤義弘
それら全て、棺桶に入れてください。
月島緑子』
意味が分からない。目の前の堤さんに目をやると、彼も渋い顔をしていた。
「なんすか、これ。遺言的な?」
「いいや、遺言状は別にある。これは個人的に頼まれたものなんだ」
もう一度紙に目を落とす。緑子さんの筆跡を覚えていないが、震えたような字だ。具合が悪かったことが伝わってくる。
「棺桶に入れるとなると、数日で物をもらってこないとなんだよね、隼人くん、心当たりある?」
「ええー……?」
俺は母である緑子さんの最後の思惑が分からず、頭を抱えた。
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