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7
——メロスが目を覚ますと、そこは見慣れた車の中であった。前で運転をする妹の姿を見ると同時に全身が大きく震え、「うぅっ」と声が漏れた。
「そのまま座ってて。もう病院に着くから」
妹の鋭い声がメロスの耳に届く。
「……ほら着いた。はい出て。行くよ、お兄ちゃん」
メロスの妹は会社に着くや否や、兄と鞄が入れ替わっていることに気が付いた。社内を全力で走り、同僚に事情を伝えた彼女は、すぐさま病院へと道を引き返した。しかし病院に入ってもメロスはおらず、自分の鞄が受付に置かれているだけ。ナースから話を聞いた彼女は再び車に乗り、やがてメロスが一人、歩道に倒れ込んでいるのを見つけたというわけだ。
「最初に病院へ戻った時に見つけていたら、これほど酷くはならなかっただろうな……」
診察室の前で座って待ちながら、妹が呟く。
「なぁ妹……」
小さく震える声でメロスが妹に話し始めた。
「私を殴ってくれ。超絶力一杯に私を殴ってくれ。私はチュロスを舐めながら思ったんだ。もうこれ以上家族に迷惑はかけられない。私はお前に一度殴られることでこれから……」
パーーンッ!!
とても食い気味な妹のビンタが、病院内に音を響かせた。
「……い、痛ぁ……痛えぇ……。……誰が超絶力一杯に殴れって言ったんだよ」
「もう、まんまそう言ってたよ、お兄ちゃん」
メロスは自分の右頬を押さえながら、黙って俯いた。
「……で、次は私がお前を殴ればいいのか」
「は?」
大きく口を開け、妹はメロスに目を合わせた。
「いや、だから、お互い殴り合うことで……」
「私、殴られる筋合い一つも無いんだけど」
「だって原作はそういうゥアーック!」
何かが爆発したかのような騒がしい咳が、人々の視線を集める。妹は、全身を小刻みに震わせているメロスに毛布をかけた。
〈鈴木さーん。鈴木メロスさーん。診察室へどうぞー〉
勇者の顔は、ひどく蒼白かった。
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