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——メロスが目を覚ますと、そこは見慣れた車の中であった。前で運転をする妹の姿を見ると同時に全身が大きく震え、「うぅっ」と声が漏れた。 「そのまま座ってて。もう病院に着くから」 妹の鋭い声がメロスの耳に届く。 「……ほら着いた。はい出て。行くよ、お兄ちゃん」 メロスの妹は会社に着くや否や、兄と鞄が入れ替わっていることに気が付いた。社内を全力で走り、同僚に事情を伝えた彼女は、すぐさま病院へと道を引き返した。しかし病院に入ってもメロスはおらず、自分の鞄が受付に置かれているだけ。ナースから話を聞いた彼女は再び車に乗り、やがてメロスが一人、歩道に倒れ込んでいるのを見つけたというわけだ。 「最初に病院へ戻った時に見つけていたら、これほど酷くはならなかっただろうな……」 診察室の前で座って待ちながら、妹が呟く。 「なぁ妹……」 小さく震える声でメロスが妹に話し始めた。 「私を殴ってくれ。超絶力一杯に私を殴ってくれ。私はチュロスを舐めながら思ったんだ。もうこれ以上家族に迷惑はかけられない。私はお前に一度殴られることでこれから……」 パーーンッ!! とても食い気味な妹のビンタが、病院内に音を響かせた。 「……い、痛ぁ……痛えぇ……。……誰が超絶力一杯に殴れって言ったんだよ」 「もう、まんまそう言ってたよ、お兄ちゃん」 メロスは自分の右頬を押さえながら、黙って俯いた。 「……で、次は私がお前を殴ればいいのか」 「は?」 大きく口を開け、妹はメロスに目を合わせた。 「いや、だから、お互い殴り合うことで……」 「私、殴られる筋合い一つも無いんだけど」 「だって原作はそういうゥアーック!」 何かが爆発したかのような騒がしい咳が、人々の視線を集める。妹は、全身を小刻みに震わせているメロスに毛布をかけた。 〈鈴木さーん。鈴木メロスさーん。診察室へどうぞー〉 勇者の顔は、ひどく蒼白かった。
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