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そしてメロスは今、病院の自動扉を抜けた先で佇んでいる。今まで診察等は全て妹と一緒であった。大きな総合病院であり、まず何処に向かえばいいのかを忘れてしまっていたメロスはただ、佇んでいる。 それを見た若いナースはメロスに声をかけた。 「お兄さん、今日はどうされたんですか。かなり具合悪そうですけど」 優しい口調の問いかけにメロスは「熱が……」とだけ答えた。 「じゃあとりあえず受付で、保険証だけ見せてください」 メロスは受付へと足を進めるナースの後を追いながら、鞄に手を入れた。自信はないが、今朝妹がポーチに入れて渡してきた、あれが保険証というものなのだろう。しかしメロスの右手が触れたのはそのポーチなどではなく、何やら固い物体であった。慌てて視線をナースから鞄へと移す。その物体の正体は、黒いノートパソコンであった。 「……こ、これは、妹の鞄じゃないか」 メロスはそう口にすると同時に、自分の鞄は妹が乗る車の中に残されたままであることを察した。 「す、すまない」 ナースは唐突なメロスの声に顔を振り向かせた。 「保険証とか入れた鞄を一回取りに行って、また帰ってくる」 「あぁ、置いてきてしまったんですか」 「妹の会社にその鞄がある、それを走って取ってくる」 「は、走って?」 ナースは唖然とした。 「いやお兄さん、相当顔色も悪いですし、熱もあるそうなので……」 「大丈夫だ。片道7km程度である」 「滅茶苦茶遠いじゃないですか。お兄さん、その状態で行って戻って来れるとはとても思えないですよ」 「私は必ずここに帰ってくる。私の保険証も、お金も携帯電話もあの鞄の中にあるのだ。私は必ず約束を守る」 「しかし……」 「そんなに私を信じられないのならば、よろしい、ここに妹のノートパソコンと会議資料が入った鞄がある。これを、人質としてここに置いていこう」 「はい?」 「私が戻って来なかったら、このパソコンをぶち壊しても構わない」 「いえあの、私はそういう意味で貴方を信じていないわけではなく……」 「それでは!」 メロスは鞄を足元に置くと、一気に体を回転させ、何も持たずに外へ駆け出した。
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