第1章   第4話 命を拾う1

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第1章   第4話 命を拾う1

 サクサクと、ワクァは山の道を歩き続けた。  傾斜角は七十五度で、殆ど垂直に近い。山と言うか、崖だ、これは。辺りは岩肌、茂みだらけ。  それなのに、一歩横に逸れれば今度は砂地になっており、足を取られ易い事この上ない。道と言うか、獣道だ、これは。  昨日滞在した街で聞いた話によれば、この道は三叉路を進んだ先にある道の中でも最も嶮しい難所なのだと言う。そんな道なら、わざわざヨシが選んで通るとは思えない。  自分が拾いたい物を拾いたいだけ拾えるとなれば、こんな道を通ってまで自分を追っては来ないだろう。そう確信して、サクサクと進む。  崖のような獣道を歩いているとは思わせないほどスムーズに、サクサクと進む。まるで、極普通の街道を歩いているかのようだ。  その身体つきからして身軽なのは解るが、その小さい体の何処にこんな崖登りをし、獣道を突き進む体力があるのか……疑問を感じずにはいられない。  途中で、誰が捨てたのか割れた鏡を見付けた。ヨシがもしこの場に居たら、まず間違いなく「鏡の部分を接着剤で貼り付ければ、まだ使えるわよ! 勿体無いから拾って行きましょ!」と言うに違いない。  この場にいなくて、本当に良かったとワクァは思う。  その後も、鉄釘だの薄汚れた大き過ぎる麻布だのひしゃげたフライパンだの、どう見ても使えない……しかしヨシに言わせれば「きっと将来役に立つ」ゴミがわんさか落ちている。  更に、お誂え向きに鴉まで飛んでいる。 「……ゴミ捨て場か、ここは……」  あまりと言えばあまりな光景に、ワクァは顔を顰めて苛立たしく呟いた。 「何を考えてこんなところに捨てているんだ……それに、このゴミで怪我をする奴がいるかもしれないとか、このゴミを拾って仲間に迷惑をかける奴がいるかもしれないとか、そういう配慮がまるで無い……」  そこまで呟いて、ふ、と言葉を切る。ゴミを拾って仲間に迷惑をかける奴……そんな人間、この世に二人といるわけがないじゃないか。  さっきまで一緒に歩いていて、罵り合いをしていた相手……彼女以外に、いる筈がないじゃないか。  こんな事を言うなんて、まるで今でも彼女が一緒に旅をしているんだと思ってるみたいじゃないか。  まるで、彼女と一緒に旅をするのが当たり前だと思っているみたいじゃないか。 「……馬鹿馬鹿しい……」  そう呟いて、彼は自嘲した。 「あんな何でもかんでも必要ない物ばかり拾ってくるような奴……一緒に旅をしたからって何になるって言うんだ……俺も俺だ。何だってあんな奴と一緒に旅をする気になったんだか……」  誰に聞かせるでもなく呟くが、当然答は返ってこない。いつもだったら、その明るく大き過ぎる声で 「なーに言ってんのよ! ワクァが私に惚れ込んじゃったからなんじゃないの!? 十八になるかならないかのうちからもう認知症? それってやばいんじゃないの?」 などとふざけた事を叫ぶ人間がいるので、余計に辺りが静かに、それでいて空しく感じられた。 「……何で、こんなに静かなんだ……」 ぽつりと、呟いた。 「こんな静けさ……今まで切望し続けてきたじゃないか……ヨシと旅をするようになってから、静かで落ち着いた時間なんて殆ど無かったんだから……!」  そう呟いて、今までの日々を思い出す。  そう、ヨシはいつも元気だ。元気過ぎる。カエルを見たと言っては小躍りし、通りすがりの母親が腕に抱いていた赤ん坊が笑ったと言っては自分も大声で笑っていた。  女らしさなんて欠片も無く、とにかくいつも騒々しい。そんな彼女を制するのに、今まで自分がどれだけ苦労したかなんて、考えるだけでも涙が出る。  それなのに……今は、その騒がしさが懐かしい。この静けさが、恐ろしい。まるで静けさと言う名の魔物が自分に迫ってきているようだ。 「……望んでいた、筈じゃないか……」  ワクァは、押し出すように言った。 「ずっと昔から、望んできた筈じゃないか……こんな風に、一人で、誰の供をするでもなく、自由に、一人で気ままに……多少不便で心細くても……こいつがいれば、それで良かった筈じゃないか……」  そう言って、腰の辺りに手をやる。丈の長いコートの所為で、そこに何があるのか……ワクァの言う「こいつ」が何なのかはわからない。ただ、人でないのは確かなようだ。  だからこそ、孤独に恐怖を覚えたのだろう。それでなくても、旅と言うのは危険な物だ。いつ何時、何に襲われるかわかったものじゃない。  旅の人数は二人以上いた方が……人の目が沢山あった方が、いち早く危険を見付ける事ができて安全なのだ。一人だと、どうしても全てに気を回す必要に駆られ、無駄に緊張し体力を削るハメになってしまう。 「いつの間にか、傍にあるのが当たり前になっていたんだな……ヨシの、あの雰囲気が。……お前も、そう思うだろ?」  そう言って、ワクァは先ほども手をやった腰の辺りを見る。何か、いるのだろうか?  そうでなければ、精神的にワクァは危な過ぎる。  しかし、幸か不幸かこの辺りにワクァ以外の人はいない。独り言にしか聞こえない言葉を誰にも聞かれる事無く、ワクァは更に独り言を続けた。ただし、今度は腰の何かにではない。 「それにしても……ここのゴミは酷過ぎるぞ……。これだけ足元にゴミが散らばっていたら、歩くのも容易じゃないじゃないか……!」  そう、ぼやく。姿も知らぬ、この道々のゴミを捨てた者達に向かって。  勿論、答える人間は誰一人としていない……筈だった。 「へっへっへ……悪うござんしたね、ゴミだらけで。ま、こっちもこれで飯を食ってるんで、ここは一つご愛嬌……という事で」 「!?」  何者かの声が聞こえて、ワクァは瞬時に声の聞こえた方を仰ぎ見た。  山の、頂に近い場所……。そこから、声が聞こえてくる。 「……?」  目を凝らして見詰めると、そこにはいくつかの人影が見えた。その全ての影は、よく見ると男のようだ。それも、全員かなりがたいが良い。そして、逆光でよくは見えないが、全員随分と凶暴そうな顔をしている。  ここで、嫌な予感が過ぎった。いや、過ぎったと言うのは間違いかもしれない。  何となくではあるが、薄々予感してはいた事だ。とにかく、今のこの状況をまとめようと冷静に頭を働かせる。  がたいが良い、凶暴そうな男達。先ほど聞こえてきた声の、如何にも人を陥れる事で食い扶持を稼いでいます的な台詞回し。そして、ここは難所で有名な山道と言う名の獣道。人通りは、極めて少ない。  なら、おのずと答は出てくる。嫌な予感から何となく彼らの正体を結論付け、ワクァは極めて冷静に問うた。 「……何だ、お前達は……?」  その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だ。ザッと音を立て、男達は山の上からワクァの目の前まで一気に滑り降りてきた。  相当この山の悪路に慣れているようだ、とワクァは心の奥底で密かに感心する。  そんなワクァの心の声が聞こえたかのように、男達の頭と見える男はニヤリ、と笑って言い放った。 「俺様達はこの山一体を支配する山賊様よ! 命が惜しけりゃ、黙って俺様達に従いな!!」  あまりにひねりの無い台詞に、ワクァは思わず呆れ顔になった。そして、やれやれと言うように呟いた。 「やはり、そうか……。難所の割にはゴミが多いから薄々予感はしていたが……。それにしたって、ひねりが無さ過ぎだろう……山賊とは言え、もう少し勉学に励んだらどうなんだ……?」  そこまで言って、ワクァはハッと口をつぐんだ。  いつものクセでつい言いたいだけ言ってしまったが、相手はヨシじゃない。見ず知らずの山賊達だ。嫌味や皮肉に、ボケやツッコミが返ってくる事はまず無い。  それを、ここまで言いたい放題言ったからには、事が穏便に済むとは到底思えない。 「面倒な事になった」とでも言いたげな目で、ワクァは山賊達の顔を見た。  額には青筋の大安売り。目は血走っている。彼らがまとう雰囲気は、ただそれだけで「何を言い出すか、こんガキャア」と巻き舌で言っているようだ。 「……やっぱり、言い過ぎたか……」  と深い溜息をつき、ワクァは呟いた。だが、言ってしまった事は仕方が無い。殺る気満々の山賊達を無視する事もできないだろう。  こうなったら、もう戦う他に道は無い。 「ナメんじゃねぇぞっ! クソガキがぁっ!!」  そう叫んだかと思うと、山賊達は手に手に武器を取り、前、上、左右と遠慮する事無く襲い掛かってきた。その様子を眺めながら、ワクァは再び溜息をついて呟いた。 「……やるしかないか……いくぞ、リラ」  そう、何者かに呼び掛けると、ワクァは腰に手をやった。それとほぼ同時に、山賊達が斬りかかる。 ヒュッという風を切る音が聞こえ、間を置かずに斬撃音が響いた。  気が付いた時には、山賊達は宙を舞い、次の瞬間にはドドドドッという音と共に地面に墜落している。  ワクァはと言えば、居あい抜きで一歩踏み込んだ体勢を崩さず、静かに山賊達が堕ちる音を聞いていた。黒のコートが、踏み出した勢いと風ではためいている。  その手には、抜き身の剣。全長は八十センチ程度。平たく……それでいて先の鋭い刀身を持ち、柄には持ち手を固定する為の装飾が施されている。  剣を持つ右腕を軽く振り下ろし、ワクァは静かに山賊達に言った。 「どうする? 俺もリラも、まだ本気を出しちゃいない……だが、次に俺がリラを振れば、お前達に命は無いぞ? お前達に残された選択肢は、二つ……今すぐ退いて生き延びるか、再び俺達に襲い掛かって死ぬか……」  脅すように呟き、リラと呼ぶ剣を構え直す。 「ひっ……!」  山賊の一人が、情けない声をあげた。それでなくても、ジリジリと山賊達が後退していくのがわかる。  形勢は、一気に逆転した。今は確実に、こちらに分が傾いている。そう、ワクァは勝利を確信した。  油断したのかもしれない。リラを持つ手が、ほんの少しだけ緩んだ。緩んだ手の隙間から、柄に掘り込まれた図柄がチラと覗いた。植物か何かのような……そんな図柄だ。それはよく見ると、紋章か何かのように見える。  それを、山賊の頭は見逃さなかった。流石は頭を張っているだけの事はある……というところだろうか。  頭は「へェ」と声をあげると、大きな……相手の心を取り乱させるような声で、言った。 「上物の剣を持ち、その柄にはタイムの紋……成る程、お前、タチジャコウ家の関係者か」 「!」  その声に、ワクァは顔色を変え、周りの山賊達は色めきたった。 「タチジャコウ!?」 「あの四大貴族のですかい、頭!?」 「おぉよ。俺様はお貴族様だろうが誰だろうが、俺様のテリトリーに入り込んだ奴からは必ず何かしらせしめてたからな。その中には、四大貴族に関わる品も沢山あったからよ。奴らの家紋ならすぐにわかる。何せ貴族って奴は、自分の物には何かと家紋を掘り込みたがるからな。見てみろよ、奴の剣を。柄に草の図柄が掘り込まれてるだろ? ありゃあタイムっつって、タチジャコウ家の家紋だ。間違い無ェ」  自慢げに語る頭。手下達は、「へぇ」「ほぉ」と頭の博学に舌を巻いている。そして、実はワクァも。  山賊の頭程度が四大貴族の家紋を全て把握しているとは思っていなかった為、心底驚いている。先ほど「勉学に励んだらどうなんだ」と言ったが、撤回しなければならないかもしれない。  もっとも、この頭が四大貴族から品々を巻き上げていなければ、ここまで詳しくなる事はなかっただろうが。 「……四大貴族のクセに、山賊に物を奪われるなんて失態を犯したのか……。誰だか知らないが、無様な事この上無いな……」  呟くように、悪態をつく。  財力に任せて集めた護衛団をアッサリと倒され、貴族のプライドも何もかも捨てて「命ばかりはお助けください」などと命乞いする姿は、想像するに難くない。 「普段は吐き気がするほど威張っているくせに……。だから貴族って奴は嫌なんだ……」  吐き捨てるように、呟いた。その様子を見て、頭は楽しそうに言う。まるでワクァを責めるかのようにして。 「だが……お前は貴族にしては態度も口も悪いな……それに、貴族のようにすましてねぇし、今まで相手にしてきた貴族どもに比べてよっぽど勇敢だ」 「……」  ワクァは、何も答えない。ただ睨むようにして、頭の言葉を聞き続けている。 「その若さでそこまで強いのも不自然だな。それに……ただの傭兵なら貴族がわざわざ家紋入りの武器を与えるわけが無い。それに、手練の傭兵って奴は愛用の武器を持っているから与えられた武器なんか使わない。そして、どんなに強くても貴族って奴は絶対に若い武芸者を雇う事は無い。見た目が若いと、どれだけ強くても雇い主は不安になるものだからな……」  そう、頭は言う。そして、一息分の間を置くと、更に言葉を続けた。 「こうなると、お前の正体の可能性は残すところあと一つだ。……お前、傭兵奴隷だろう?」 「……!」  傭兵奴隷という言葉が出た瞬間、ワクァの顔が引き攣った。山賊の手下達は不思議そうな顔をして頭に問う。 「ヨウヘイドレイ?」 「お頭、何です? それ」 「文字通り、傭兵の奴隷の事よ。強い武芸者って奴は何かと高い金を取るし、いざ戦わせてみると案外使えねぇ事が多い。本当に強い武芸者を見付けるのは大変な事だし、見付けたとしても確実に雇用されてくれるとは限らねぇ……そこで貴族の連中が考えたのが、傭兵奴隷だ。幼い子どもを奴隷として買い取り、ただひたすら武芸の英才教育を施すんだ。勿論、貴族の恥になってもらっちゃ困るから、多少の学問もな」  手下達の疑問に、頭は自慢げに答えた。 「奴隷だから、厳しい訓練で死んだとしても全く問題無ぇし、給料も要らねぇ。おまけに傭兵となる事を断られる事も無ければ、他家に取られる事も無ぇ。他の奴隷に比べて多少養育費はかかるが、貴族の子どもの教育費や一般の傭兵を雇うのに比べれば大した額じゃない。貴族にとって最も都合の良い護衛兵……それが傭兵奴隷だ」 「あれ? けど何年か前に、奴隷制度をなくすように、ってお触れがあったような……?」 「あぁ、今の王は人を奴隷にする事を嫌っているらしいな。だが、この辺りは王都から離れていて、王の目も届き難い。だから、奴隷を使う家はまだまだたくさんあるのさ。勿論、傭兵奴隷もな」  ワクァは、密かに舌打ちした。まさか山賊の頭がここまで知っているとは思いもよらない。思い出したくもない自分の素性を無理に思い出させられたような感じがして、胸がむかむかする。  そんなワクァをからかうかのように、頭は言葉を続ける。 「傭兵奴隷って奴は、他の奴隷と同じように蔑まれたり使われたり主人の玩具にされたりと差別される存在だが……武芸も学問もさせてもらえる。見た目が粗末にならないよう衣服や武器も与えられるし、戦う体力をつける為に普通の奴隷とは比べ物にならない程良い飯を喰わせて貰えるんだってな? だからだろうよ、そんなに顔が綺麗なのはな。元が良いってのもあるんだろうが、普通の奴隷なら食生活や働く環境の劣悪さの所為でどうしても顔や体の形が悪くなっちまうからな。成長したお前を見て、主人の貴族達はさぞ喜んだだろうよ。こんな美人の奴隷、格好の遊び道具だからな」 「黙れっ!!」  遂に、堪りかねたようにワクァが叫んだ。その顔には、怒りと、悲しみと、絶望と……そんな負の感情を全てない交ぜにしたような複雑な表情が現れていた。  弾けたように地面を蹴り、リラを振るう。それを短剣で受け流しながら、頭は言う。 「どうした? 図星だったか? それとも、奴隷のクセに貴族の傭兵をしていたもんだから、一丁前にプライドでもあるってのか? 侮辱されて頭にきたってのか? ……そりゃあ、そんな美人で、しかも奴隷なんだ。主人やその仲間の貴族が、戯れに何かやったと考える方が普通だと思わねぇか? そうだろう?」 「黙れっ! 黙れ……黙れっ!!」  我を忘れたように取り乱し、リラを振る。その剣の軌道は、先ほどとは悪い意味で比べ物にならない。はっきり言って、滅茶苦茶だ。力は篭っているが、激昂の所為で太刀筋が丸見え。  これでは、少し落ち着いてみれば田舎の山賊の手下風情でも簡単に見切れてしまう。それが頭であれば、尚更だ。まるで幼子と相撲を取るかのようにワクァの攻撃を軽く受け流している。  見ればその足は、最初と全然位置が変わっていない。全く動いていないのだ。  それに引き換えワクァは、冷静さを失い滅茶苦茶に打ち込んだ。おまけに、全て受け流されている為、その度に打ち込み直している。その分、体力の消耗が激しい。  いつしか息は上がり、肩の上下運動が激しくなっている。そんな様子を見た頭は、周りで様子を窺っていた手下達に言う。 「野郎ども! 何をボサッとしてやがる! 見てみろ、こいつはもうバテバテで、子ども程度の体力しか残ってねェ! さっさと囲むなり何なりしねぇか!」  怒鳴られて、手下達が慌ててワクァを囲みにかかる。ここで、初めて頭の血がひいた。冷静を取り戻し始めた頭で、素早く状況を確認する。  そして、結論はこうだ。  ……ここは、一旦逃げるしかない。  そう思うワクァだが、思うように足が動かない。今の今まで頭とがむしゃらに戦って、ただでさえ体力を削ってきたのだ。それでなくても、山賊達が斜面を駆け下りてくるのに対して、自分は斜面を登る事で山賊達に向かっていっていた。傾斜角七十五度のこの崖道を、だ。  おまけに、この道には山賊達が今までに捨ててきたと思われるゴミがゴロゴロと転がっている。山賊達が現れた際に口にした台詞から考えて、恐らくこのゴミも旅人を襲い易くする為に捨てられ続けてきたのだろう。  ゴミに足を取られ、上手く走れない事に気付いてから、ワクァはそれに気付いた。  この山賊達…いや、この山賊の頭……驚くほどに知識と知恵を持っている……。ワクァがそこまで思い至って、舌を巻いた時だ。 ガン、と後ろの方で、鈍い音がした気がした。次に、後頭部に鈍い痛みが走る。  痛みは初め衝撃に近かったのが段々と頭部全体に蔓延していき、いつしか激痛となって彼に襲い掛かった。 「……っ……!」  言葉にならないうめき声をあげ、彼はその場に倒れこんだ。  辛うじて保った意識で何とか立ち上がろうとするが、頭の痛みと重力がそれを彼に許さない。  リラを握っていた手から、段々力が抜けていくのがわかる。折角保った意識が、自分から離れようとしているのだろうか? 視界も段々ぼやけてきた。音も、周りの風の音や葉を踏む音……そんな自然特有の極微小な、普段なら聞こえないような音ばかりが嫌に耳に付く。  そんな中で、彼は自分の体がふっと浮いたように感じた。彼の耳には既に、山賊達の「塞に連れて行け」という言葉は聞こえていない。  そして、その様子を遠くからジッと見詰めている者がある。  ライオンの鬣色をしたみつあみが、風に煽られてふわりと揺れた。
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