第1章   第7話 命を拾う4

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第1章   第7話 命を拾う4

 急に目に飛び込んできた太陽の光に一瞬目を瞑ったものの、ワクァはすぐさま持ち直し、辺りを見渡した。辺りに、ヨシの姿は見えない。宣言通り、役人の元へ向かったのだろうか。 「……いや……」  ぽつりと、頭にも聞こえないような小さな声で呟いた。何となく、ただ役人の元へ向かっただけではないような気がする。  寧ろ、「役人の元へ」と言っておきながら結局行かず、代わりに何か企んでいるような気がする。  頭は頭で辺りを見渡して、やはりヨシの姿が見えない事を確認する。そして、ヨシはここにいないと確信すると、ワクァに言う。 「俺様は今から逃げる! お前を売ればとりあえず一時凌ぎの金にはなるだろうからな……何処か別の山に身を隠して、その金を使って再起する!」 「……仲間を、見捨てる気か?」  何か思うところがあるのか……ぽつりと、ワクァが尋ねた。すると、笑い飛ばすように頭が言う。 「仲間? あんな役立たずども、仲間なんかじゃねぇ! 頭も悪くて、ただ俺様の言う通りに動くしかできねぇ! ただの使い勝手の良い駒よ!」  そう言い切る頭に、ワクァは言った。 「そうか……哀れな奴だな、お前は……」  その声と目は、本当に哀れみを帯びている。 「……何が言いたい?」  ギロリと、頭がワクァを睨みつけた。それに臆さず、ワクァは言う。 「お前は自分が捕まりそうになった途端、アッサリと仲間を見捨てる決意をした。恐らく、今までにも同じ様な事をしてきたんだろう? 俺が思うに、お前は今まで仲間と呼べる仲間と巡り会った事が無いな? 有るのなら、危機に陥った時、こんなにアッサリと仲間を見捨てられる筈が無い。良いか? 自分がどう思っていようと、一時期でも同じ目的を持って共に居たのであれば、それは紛れも無く仲間なんだ。その仲間を仲間とも思えないとは……仲間と思える仲間に出逢えなかったとは……お前は本当に、哀れな奴だ……」 「はぁ……?」  意味がわからず、頭が問い返す。ワクァは、殆ど息も継がずに言う。 「俺も……昔はそうだった。傭兵奴隷なんていう特殊な立場だったから、誰とも相容れなかった。奴隷仲間からは妬まれ、奴隷でない者達からは蔑まれた。共に居る者がいなくて、こんな風に捻くれた。仲間なんて必要無いと思った……。お前と同じだ。……けど、俺はヨシに逢えた。あいつは傭兵奴隷であるとか、そんな身分は一切気にしない。いつでも俺と対等に付き合ってくれた。今回に至っては、自分も危険かもしれないというのに、俺を助けに来た……あんな奴と一緒に旅をしてたから、わかったんだ。仲間と一緒に居る事がどれだけ楽しい事なのか……仲間という存在が、どれだけ大切なものなのか……!」  それは、心からの言葉だ。喧嘩別れをして…その存在が側からいなくなって、初めて気付いた。一緒にいて、どれほど楽しかったのか。その存在が、自分の中でどれほど大きくなっていたのか。  捕まって、独りで闇の中に閉じ込められて…初めて気付いた。独りがどんなに心細い事なのか。仲間と共にいるだけで、どれほど心が救われるのか。  気付いたワクァだからこそ、言える事だ。  そしてワクァは、頭に言い放った。 「だから俺は……お前なんかに負ける気はしない。仲間を簡単に見捨てられるお前が本当に強いとは、思えないからな……!」  そう言うが早いか、ワクァは思い切り地面を踏み、頭の腕を蹴り上げた。自分の肩を掴んでいる、右腕だ。 「ぐっ……!?」  痛烈な蹴りに、頭は思わず声をあげ、ワクァを掴んでいた手を離した。その隙をつき、ワクァはすぐさま頭との間合いを取る。腕は未だ自由を奪われている。だが、足は動く。  恐らく、ヨシの行動次第ではワクァを人質に取る必要があると考えて足の縄を切ったのだろう。先ほどのヨシと頭の会話を思い出せば、何となくそれが想像できた。  それに、もし自分達が負けるような事があれば、ワクァだけを連れて逃げ、予告通り色町なり奴隷市場なりに売るつもりだったのだろう。現に先ほど、頭はワクァだけを連れて逃げようとしていた。ワクァの足が使えなければ逃げるのに時間がかかるから、足の縄を切ったと考えれば納得がいく。  そのお陰で、こうして頭の手から逃れる事ができた。まぁ……これも単にヨシの突飛な行動のお陰か……と思うと少々複雑な気分だ。  だが、それは別に良い。問題は、これからどうするか……だ。はっきり言って、腕を縛られたこの状態では速く走るのは無理だ。逃げてもすぐに捕まるだろう。それに、リラがまだ頭の手の中にある。長い間苦労を共にしてきた愛剣を、いつまでも敵の手中に収めてはおきたくない。さぁ、どうするか?  ワクァがそう考えた始めた時だ。 「ワクァっ! 五秒だけしゃがんで!」  突如、ヨシの声が聞こえてきた。 「やっぱりその辺に潜んでいたか」と心の中で呟き、それとほぼ同時にワクァはその場にしゃがみ込む。  その一瞬後に、ワクァの頭上を何かがブン! という音を立てて通り過ぎた。 「!?」  飛行物体の正体がわからず、ワクァは思わずその飛行物体の行き先を見遣る。飛行物体が向かった先は、頭だ。黒い影は頭に向かって突き進み、リラを持つその手にクリティカルヒットした。ほぼ同時にヒュンッ! という音がする。そして影が、頭の腕に絡み付いた。 「なっ……何だこれは!?」  慌てた声で、頭が叫ぶ。ワクァが見れば、それは錘だった。拳大の石二つを紐で繋いだ、単純な作りの錘。それが頭の腕に複雑に絡まって、彼の意識をそこに集中させている。 今だ!  瞬時に、ワクァはそう判断した。地を蹴り、頭の懐に飛び込む。そして頭の手に未だリラが収まっているのを確認すると、その手を先ほどと同じ様に、思い切り蹴り上げた。 「……っ!」  咄嗟の事でガードが出来ず、頭は手からぽろりとリラを取り落とした。ワクァはすぐさま体勢を整える。 「すまない、リラ!」  そう謝罪の言葉を叫ぶと、ワクァは思い切りリラを蹴飛ばした。蹴られたリラは宙を飛び、何メートルか先の茂みの中に落ちる。それを視認すると、ワクァはそこに向かって駆け出す。 「! このガキっ……奴隷のくせに……!」  錘を外した頭が再びリラとワクァを手中に収めようと、その姿を追おうとする。ワクァは懸命に駆け、茂みの中に飛び込むと後ろ手でリラを掴んだ。柄を掴んで身体を起こすと、鞘がするりと抜け、刀身が現れる。  だが、これだけではまだ駄目だ。手を拘束している縄を切らなければ、戦う事は出来ない。頭はすぐそこまで迫っている。  間に合うか……? 「落ち着いてやりなさいよ、時間は稼いであげるから」 「!」  聞こえてきた声に、ワクァは思わず振り返った。しかし、その姿をゆっくりと確認する間も無く、ライオンの鬣色のみつあみはふわりと揺れ、跳躍した身体はワクァと頭の間に踊り出た。彼女は短剣を振り上げると、そのまま頭に向かって斬りかかる。そしてそれを、頭は腰に下げていた自らの短剣で受け止めた。 「ヨシ!」  ワクァが名を呼ぶと、ヨシは後を振り向かずに言う。 「マヌケな声出してないで、さっさと縄を切って加勢しなさいよ。これだけでかいオッサンだと、流石の私も力負けしそうなんだから!」 「あ、あぁ……」  慌てて返事をし、縄を切る事に集中する。リラの刃を縄に当て、削るように動かす。服の上から縛られたのは不幸中の幸いだった。これなら、特に痛い思いはせずに縄を切る事ができる。  背後では、相変わらずヨシと頭が短剣で打ち合っている。早く加勢しなければ…。その想いが、縄を少しずつではあるが、確実に削っていく。  そうして、一分はかかっただろうか? ブツリと音を立てて、縄は切れた。自由になった腕がリラの柄を掴み、その視線は倒すべき敵に注がれる。  ヨシは……未だ奮戦中だ。今の所大きな怪我はしていないように見える。 「……待たせて済まなかったな……いくぞ、リラ!」  話し掛けるように呟くと、ワクァはリラを構え、一直線に頭へと向かって行った。 「ヨシ、さがれ! こいつの相手は俺がする!」  怒鳴るように叫び、リラを振り下ろす。瞬時にヨシは後にさがり、頭は反射的に短剣を構え直してリラを受け止めた。  その攻撃は、先の戦いと比べて、確実に重い。 「ぐっ……この、……奴隷野郎が……っ!」  憎々しげに、頭が言う。だが、今度はワクァは動じない。 「あぁ、確かに俺は元奴隷だ。だが、それがどうした? 今はもう奴隷じゃない。ワクァと言う、一人の旅人だ。大体、俺が奴隷ならお前は何だ? 山賊じゃないか。山賊も奴隷も……蔑まれるという点だけ見れば大して変わらないように思うがな……?」  そう、冷静に言い放ち短剣を弾く。そしてまた、リラを振るう。頭はそれを再び短剣で受け、またそれを弾かれる。頭もまた弾かれた勢いを利用して短剣を振るうが、それもまたワクァのリラが軽く受け止める。  そうした剣戟を、幾度繰り返しただろうか? 「いつまでやってんのよ、もう! じれったいわねぇ!」  ヨシの声が、聞こえた。そしてそれとほぼ同時に、ライオンの鬣色をしたみつあみが自分の横で揺れたのをワクァは確かに見た。  横に、いる。ヨシは今自分の横に並んで、共に戦っている。頭の受ける剣が、リラと二本の短剣とで、三本になった。三本の剣を相手に戦うのは、流石に苦しそうだ。自分の負担が、物理的にも精神的にもかなり減った気がする。  ……知らなかった。仲間がいるだけで、これだけ心強いとは。そうワクァが思っているとは露知らず、ヨシは言う。 「ワクァ、一応言っておくけど、本当に殺しちゃ駄目よ? いくら相手が山賊で、どう考えても正当防衛になるって言ったって、私達に生殺与奪の権限は無いんだからね!」 「言われなくてもわかってる! けど、どうするんだ? このままでは埒があかないぞ?」  キィン! ガキィン! という剣戟音を間に挟みながら、互いに頭との戦いに視線を集中させた状態ながらも、会話は進む。すると、ヨシは何を考えたのか短剣の一本を鞘に収め、一刀流になったかと思うと瞬時に後退した。 「ヨシ?」  ワクァがギョッとした声で呼ぶと、ヨシは言う。 「私にちょーっと考えがあるのよ! 悪いけどワクァ、十秒くらいで良いから、一人でそいつの相手をしていてくんない?」  その目は、「絶対に見捨てたりしない」と言外で語っていて。それを見たワクァは、黙って頷き、呟くように言った。 「無理はするなよ」  言われて、ヨシはニッと笑う。 「誰に向かってモノ言ってんのよ! 任せなさいって!」  そう言うが早いか、ヨシはタンッ! と地面を蹴った。コートのポケットから何かを取り出し、手に構える。  何だろうか。出す時に、チャラッという音がした気がする。どうやら紐か何かでできた輪であるらしいそれを、ヨシは頭に近付くと素早く頭の首に引っ掛けた。そしてすぐさま戦線離脱する。 「? 何だこれは……?」  戦いながらも、頭は不可思議な顔をする。  それは、糸で作られた一本の輪。その先には、ペンダントのようにいくつもの飾りが付いている。飾りの形に統一性は無い。割れたガラスのようにギザギザで、大きさもバラバラだ。そしてどれも、チラチラと光り輝いている。 「ヨシ! 何だあれは? あれが良い考えだとでも言うのか?」  叫ぶようにワクァが問うと、ヨシはニヤリと笑って言う。 「あぁ、あれ? あれはガラスに見えるだろうけど、鏡よ。来る途中で割れた鏡があったのを、使えそうだから拾っておいたのよ。鏡って、ガラス以上に光を反射するから、よく光るのよねー」 「……?」  頭との剣戟をしながらも、ワクァは顔にクエスチョンマークを浮かべる。そこで、ヨシは言葉を続けた。 「今日はちょっと曇り気味だったけど、そろそろ晴れてきそうな感じよね。太陽光が強くなったら、すっごく綺麗に光るわよー、それ!」 「……だから?」  ワクァは、未だ理解ができないという顔だ。勿論、頭も。そんな彼らに解説するように、ヨシは言う。 「来る時に思ったんだけど、この山って鴉が多いのよね。しかもあれは私が見た限り、他の鴉以上に光物が大好きで、狙った獲物は絶対に逃さない上に縄張り意識の強いサンゾクガラスだと思うのよ。さっすが山賊の住む山よね。生息してる鴉まで山賊だなんて」 「……! まさか……」  そこで、ワクァは初めて理解した。ヨシが、何を狙っているのかを。それとほぼ同時に、ヨシは言う。 「さぁ、雲が消えて、光が強くなるわよ! ワクァ、巻き込まれたくなかったらキリが良いところで後にさがりなさいな!」  その言葉が終わるか終わらないかのうちに、空の雲が完全に消え、太陽の光が強まった。すると頭の首にかけられていた鏡のネックレスは光を反射し、キラキラと美しく輝き始める。予想以上に、強力な光だ。  これだけ眩しいと近付いて戦うのは危険だ。そう思ったワクァは、先ほどのヨシの言葉もあって、早々に戦線離脱する。頭の攻撃をかわしながらではあるが。  それに、こんな戦い難い状況ももうすぐ終わるだろう。何故なら…… 「ほーら、お出でなすったわよ!」  楽しそうに、ヨシが叫び、ビシッ! と上空を指差す。その姿は、まるで珍しい鳥を見つけた子どものようだ。  つられて、ワクァも空を仰ぎ見た。  確かに、来ていた。十数羽……いや、何十羽という数の、黒い鳥の大群だ。ギャアギャアという不吉な鳴き声をあげながら、確実にこちらに近付いてくる。  そして、この鴉達は自分達の上空まで来たかと思うと突然急降下を始めた。目指すは勿論、頭が首に引っ掛けている鏡のペンダント。本当に、一直線に突っ込んでくる。  ヨシが、ワクァに言った。 「ワクァ、リラを鞘に収めた方が良いわよ。それも結構光ってるし」  言われて、ワクァは慌ててリラを鞘に収めた。鴉に剣を取られたとあっては、情けない事この上ない。  その間にも鴉達はどんどん近付いてくる。  そして、目の前に来たかと思うと、あっという間に鴉達は頭に集った。 「うわぁっ!? 何をしやがる、このクソガラスどもがっ!」  頭は慌てて叫び、腕を振って鴉達を追い払おうとする。しかし、それが逆に鴉達を刺激してしまったようだ。鴉達はより一層頭に集り、その鋭く丈夫な嘴で頭の体中をつつき始めた。まるで「その飾りを寄越せ」「俺達の縄張りから出て行け」とでも言わんばかりに。見ていて、かなり血の気が引く光景だ。  そんな様子を特に恐れる事も無く見詰めていたヨシは、ぽつりとワクァに言った。 「そろそろ、助けてあげよっか? このままだと目玉の二つや三つくらいくり抜かれそうだし」 「……いや、目玉は元々二つしか無いだろ……」  ヨシの言葉にワクァが軽くツッこんだ。そんな事は気にせずに、ヨシは言う。 「じゃあワクァ、あそこに布があるでしょ?」  そう言って彼女が指をさした先には、確かに一枚の布が敷いてある。あの布にも見覚えがある。確か、登る途中道端に捨ててあった物だ。これも拾ってきていたのか……。  因みに、布が敷いてある地面の傾斜はかなり急だ。そんな場所を指差しながら、ヨシは言う。 「あのオッサンを、何とかあの布の上に載せましょ。そうすればまぁ……何とかなると思うし」 「……何が起こるんだ?」 「やってみてのお楽しみ!」 「……」  ヨシの言葉に何となく恐怖を覚えながらも、ワクァは言われた通りにする為、頭に近付いた。鴉の攻撃に混じって背中を蹴りながら、少しずつ頭を布の上に近付けていく。  そして、その身体が完全に布の上に収まった時だ。ヨシが叫んだ。 「今よワクァ! この布を、思いっきり引っ張って!」  そう言って、自らも布を手に持ち、引っ張り始めた。わけがわからないままに、ワクァも同じ様に布を引っ張る。当然の事ながら、布は頭の足元からぬける。  すると、バランスを崩した頭はその場で転んだ。……いや、転んだだけではない。ここは傾斜角七十五度の崖道だ。そんなところでバランスを崩して転べば、あとはどうなるか……火を見るよりも明らかだ。  頭はそのまま地面を転がって下に落ちていく。その時に糸が切れたのか、鏡は地面に落ちている。鴉達は頭に集るのを止め、今度はその鏡に集り始めた。 「ま、この道の先には村とかあるし……あとは役人が何とかしてくれるでしょ!」  そう、ヨシは腰に手を当てながら満足そうに言った。そして、ワクァはと言えば……。 「…………」  いくら自分を酷い目に遭わせようとした山賊とは言え、ここまでされている姿を見ると同情を禁じえずにはいられないと言った様子で、額に手を当てているのであった。
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