第1章   第1話 まだ使えそうな鞄を拾う

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第1章   第1話 まだ使えそうな鞄を拾う

「見てよワクァ! この鞄、可愛いと思わない!?」  ある日の昼下がり。春の太陽の下で、明るく高い声が響き渡った。  辺りは一面の野原。野原の真ん中に、一本道が通っているような状態だ。高い建物は勿論、小高い丘すら無い。  声を反響させるような物が全く存在しない中だというのに響き渡るその大声に驚いたのか、近くの木に止まり休んでいた鳥達がバサバサバサッと一斉に飛び立った。  鳥達を驚かせた張本人と言えば、そんな事はお構いなし。三玉しかない短くライオンの鬣色をしたみつあみを首の後ろでピョコピョコと弾ませながら、ワクァと先ほど呼んだ若者に、その鞄を見せた。  それを見て、ワクァはその端正な顔立ちをあっと言う間に顰めた。 「その鞄の、何処が可愛いんだ? そのウコン色の鞄の何処が!?」 「アンタその顔で下ネタなんか言わないでよ! 汚いわねぇ!」 「文字を入れ替えるな! 植物の名前であって、子どもが喜ぶ下ネタじゃないだろうが! わざわざ話を汚い方向へ持っていくな! ……と言うか、話を逸らすな、ヨシ!!」 「あ、そっか。まだワクァに褒めてもらってないもんね。この鞄の可愛さ!」 「だから、何処が可愛いって言うんだ!?」  話が振り出しに戻った。どうにもこのワクァ、一人で空回りしている気がしなくもない。 「まぁまぁ、そんなに怒んないでよ、ワクァ。そんなに怒ったら、折角白くて雪みたいな肌と黒くて艶のある髪を持った「テメェ可愛いからって調子こいてんじゃねェぞボケぇ!」なーんて女の子達に呪われちゃうような超を付けたくらいじゃ収まらない可愛い女の子顔が台無しよ?」 「男が可愛いとか言われて、嬉しいわけがあるか! 女顔とか言うな! 人を馬鹿にするのも大概にしろ! それと、早く俺の質問に答えろ!!」 「はーいはい。それじゃあ、訂正訂正。女の子顔だけど、髪の毛短いし男の服着てるから辛うじて男に見えなくもないわ」 「……で、俺の質問に対する答は?」 「あぁ、この鞄の何処が可愛いのかって? そんなの、全部に決まってるじゃない」  あっさりと言い放つヨシ。赤茶色のコートと朱色のスカーフ、それに灰緑色で肩掛け式の鞄を翻らせ、その拾った鞄をまるで生まれたばかりの我が子を抱き上げる父親のように天高くかざす。 「この瓢箪みたいに変なくびれのある形! 生首の一つくらい入りそうな大きさ! くたびれた布特有の肌触りに、何よりこの少し陽に焼けたウン……ウコン色!!」  危うく地雷を踏むところだった。頼むから下ネタの危険性をはらむのはやめてくれ、と切に願うワクァである。  しかし、そんなワクァの願いなんぞ知る由も無く、ヨシはくるりとワクァに向き直るとにこぉっ! と極上の笑顔を作り上げて言い放った。 「ね? 可愛いでしょ?」 「何処がだ!?」  ヨシの表現方法もまずかったのかもしれないが、とにかくこの鞄を可愛いと思う事はできない。 「何度も言った事だけどなぁ……ヨシ、お前は何でもかんでも拾い過ぎだ! もう少し考えろ! 俺達は今旅をしているんだぞ? 要らない物を拾っても、邪魔になるだけだろうが!」 「だって、どう見てもまだ使えるのに捨ててあるのよ!? 勿体無いじゃない!!」 「だったら、後日この道を通るかもしれない見知らぬ旅人に希望を託しておけば良いだろ! とにかく、元の場所に捨てて来い!!」 「いーやー!! 持ってくって言ったら持ってくの! 良いでしょ!? ちゃんと私が餌やるし、散歩も連れてくからー!!」 「犬じゃない! 大体、散歩も餌も必要ないだろうが! それは動物じゃなくて物なんだからな!」 「わかりきった事をツッこまないでよー」 「わかりきった事をツッこませるな!!」  ヨシの丸くて深いこげ茶色の瞳は、不満を表すかのように上弦の半月形になる。  それに対抗するかのようにワクァは形の良い眉とミッドナイトブルーで切れ長の目を吊り上げた。 「大体な……使えるのに捨ててあるのは勿体無いと言うが、そのボロ鞄をどう使うつもりだ!? ヨシが今使っている鞄はまだ余裕があって、切迫している事情は無い! この先大幅に荷物が増える予定も無い! お前が目的とする物が見付かる保障も無い! 無い無い尽くしで、新しい鞄を必要とする可能性も無い! 使いもしない物は持ち歩かないのが旅の鉄則だろうが! それとも、何か入れる物でもあるのか!?」 「これから出逢うであろう素敵な思い出達」 「……それで、何か良い事を言ったつもりか……?」  ワクァの口端がピクピクと動く。  しかし、そんなワクァの怒りなんぞ何処吹く風。ヨシは「何を如何言われようと、私の勝手だもんねー」と言って、既に鞄を肩から掛けている。  元々持っていた鞄と併せて二つ。胸の前でクロスするようにすると、そのまま「出発~!!」と叫んで歩き始めた。 「あ! こら待てヨシ! 話はまだ終わってないぞ!!」  そう言いながら、早歩きでヨシを追うワクァ。 「説教されるってわかってて、誰が待ちますか! 話がしたけりゃ追いついてみなさいよー!」  ヨシは喋りながらも歩くペースを速め、遂には走り出す。  その態度に一瞬唖然とした後、はっとした顔をしてワクァは同じように走り出した。 「俺から逃げ切れると思っているのか!? 無駄な抵抗は止せ、ヨシ!!」  どうやら、足には自信があるらしい。第三者がこの場にいたら、何処ぞの悪者ではないかと勘違いされそうな台詞を叫びながらも追い続ける。  しかし、ヨシは怯まない。 「だーれが栄養不足で低身長の野郎なんかに捕まりますか! 見なさいよ、この健康的に焼けた小麦色の肌! 誰もが羨むであろう、この健脚! 私を捕まえようなんざ、百億光年早いのよ!!」 「光年は時間じゃなくて距離の単位だ! 何度教えたらわかるんだ、馬鹿っ!!」  こんな時でさえ、例え息を切らしていてもワクァはツッこむ事を忘れない。そして、どちらも未だ気付いていない。  二人で旅をしている以上、いずれは合流する事になるという事に。  ある晴れた日の昼下がり。追いかけっこは、まだ暫くは終わりそうにない。
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