愛を謳う

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愛を謳う

   闇夜に紛れ、また月を見上げる。  いくら見上げたところで、細く欠けた月は何も言ってはくれないし、この身を苦しめる恋の病も良くはならない。  月は満ち、そして、欠けては、また、満ちる。  繰り返し、繰り返し、上っては沈み、また上る。  僕の想いは月とは違い、いつの日も、いつの日も、満ちていて、欠ける気配が少しもない。  このままでは、甘美で切なく、また、鬱々とした想いが、ただただ増していくだけだというのに、僕はそれをやめる術を知らない。  なにより、心からやめたいと思っていない。そもそも、それがあまり良くない。  痛みは痛みのまま、僕の心に刻まれていれば良い。そうすれば、忘れることも、消えることもなく、ずっと此処に在り続ける。それが、僕のできる唯一の愛し方なのだから……。  そう、開き直って、今日も(いばら)の棘を踏みしめる。  先生はそんな僕の胸中を、ひとつ残らず是認して、縁側に座って空を仰ぐ僕を見ては、それはそれは愉快な見せ物でも眺めるように、クスリクスリと微笑んでいる。  なんと憎らしい。  憎らしくて、憎らしくて、ぐるりと廻って、また、愛おしい。  先生の両手には、いつも色とりどりの花が咲き誇り、それを愛でている先生はとても妖艶で、そして、どこか儚さも纏っていて、その都度、その都度、僕の心をかき乱す。  先生が蜜蜂さながら、美しい花から花へと舞う様を眺めていると、暗闇の中を歩いているような、酷く心細く、酷く哀しい、そんな気になってくる。  前にも後ろにも、右にも左にも、上にも下にも手を伸ばし、何も無いことを確かめて、僕はまたひとつ息を吐く。何もない。そう、何もないのだ。  花になれない僕は、枯れることも、散ることもない。ただただそこに在り、そして何もない。  せめて、花弁のひとつでも落とすことができたらと思うけれど、そんなことすらできずに溺れる僕を見て、先生はまた静かに微笑むのだろう。  恋とは、なんとも、心憂い。  それでも僕は、今夜も此処に在りつづける。それもまた、運命の類いのモノだと諦めながら……。
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