【2020/05 邂逅】

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《第2週 月曜日 昼》 午後からは社会医学①法医学(座学)からの②法医学演習とびっしり授業で埋まっているため、午前中は準備があるとのことで、隣にある書庫で助教さんにもらった資料や書庫内の書籍に目を通していた。 当たり前だが内容が専門的すぎて、正直よくわからない。 「そろそろお昼だし、食べ行こうか」 「いいんですか?」 まだ11時程度だ。 「いいに決まってるよ、早めに食べないと午後の授業中眠くなるし、席も埋まっちゃうしね」 連れられるまま外に出た。 助教、つまり学生に教えることや機材や鍵の管理も許可されている研究者で、先生の小僧さんであるところの小曽川さんは、かなりマイペースっぽい。あんなきっちりしてそうな先生の下で務まってるのがちょっと不思議な感じがして、ちょっと可笑しかった。 学生が集まる賑やかなエリアに出た。カフェテリアとコンビニがあるらしく談笑しつつ食事や飲物を摂っているようだ。 「なんかご馳走しましょうか」 言うやいなや、「じゃあオロC」と即答だった。買ってきて手渡すと直ぐに蓋を取って半分ほど一気に飲んだ。一息つくと、長く息を吐いてから「生き返った」と笑ってみせた。 「ねえ、長谷くんめっちゃ背ぇ高くない?手足もでかいし長いし、やけにガタイいいし…部活?なんかやってたの?」 あまり自分からは話さないようにしている話題だったが、初対面には無難な雑談だと思い答える。 「水球って、わかります?プールでやるハンドボールみたいなやつですけど」 「あ~、うん…、なんとなくしかわかんないや、ごめん」 素直すぎる反応。 「ちなみに身長は184ありますよ」 「へぇ〜、いいなぁ…4cmでいいからほしいな」 案内を受けながら横に並んで歩いていたとき、小曽川さんの頭頂部はおれの顎の辺りだった。170は一応あるはずだ。 藤川先生はもう少し下、165くらいだろう。しかも明らかに小曽川さんよりも骨格が細い。白衣が女性用だったのは、男性用だとおそらく袖が余るのだろう。 小曽川さんも細いことは細いが、骨格はかなりしっかりしている。手首や足首、肘と膝、顎の辺りなどの骨頭が大きい。指の関節も太い。何より、文化系男子っぽいのに胸元や背中には割と筋肉がついているように見えた。この人も何かやってたんだろうか。 「ここ、日当たりも良くて気持ちいいですね、あとで藤川先生もお昼かお茶に誘おうかなぁ」 ガラス張りのカフェテリアには、風に揺れる新緑も眩しい木々の合間から春の終わりの暖かい光が差し込んでいる。 「や、多分難しいと思うなあ…あの人、本当に仕事最優先だし、基本何も食べないから」 事も無げに言うのを聞き、耳を疑った。 「食べないってどういうことですか?」 「まんまですよ、食べないんです、あの人」 自分のために買ったチルドのカフェラテのカップに刺したストローを、無意識におれは噛み潰していた。 入口の引き戸に鍵をかけて、焦茶色の裏にコーティングが施されたカーテンを閉めた。ミラーレースカーテンが掛かっているので外から見えないことはわかっているが、閉めておかないとなんとなく落ち着かない。 入口傍の戸棚から白い半透明の箱を出し、 順に並べる。処方薬が入ったもの、市販薬が入った箱、サプリメントが入ったもの、使い切りサイズのプロテインと完全栄養食の粉、シェイカーが入った箱。 必要なものを用法容量を確認してステンレスの膿盆に出し、プロテインと完全栄養食は一緒くたにシェイカーに入れて無糖のミルクティを注いで振り混ぜた。 2、3回に分けて錠剤を口に放り込み、シェイカーから液状のものを吸い上げて強引に流した。 まともに食事を取らなくなってから10年近い。見つかって口出しされるのが嫌で、補給時には絶対に人を入れないようにしている。助教にすらここの鍵だけは渡していない。 前後不覚になるほど何かに耽溺している時間以外、何もかも面倒で、食べたり出したりだってしなくていいなら早くそうなりたい。 絶対的な快楽だけがほしい。それ以外何もわからなくなりたい。早くめちゃくちゃになりたい。消えたい。 全て摂取しきって、自費で取り付けた自動洗浄の洗面台で容器を洗い流す。ああ、そうだ。入室したら手洗い消毒うがいはするように伝えなかった、言わなくては。 戸棚に出したものを片付けて机に戻ると、スマートフォンに通知が入っていた。助教から「長谷くん連れて戻ります」とショートメールが来ている。 「わかりました」とだけ返信した。 机上に伏せてあった小さい手鏡で首周りが見えていないか確認してから、鍵を解いた。
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